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羅門しか知らない霊の恐怖
連載第九話

今日もまた「霊の恐怖」について、続けてお話ししたいと思います。今回は、皆様にご注意をしておこうというお話です。

その前に、改めてハッキリとお断りしておかなければいけないことがあります。それは、例えばこの「霊の恐怖」に出てくる霊現象や霊体の話は、100%そうですよとか、完璧ですよとか、そういうような言い方は私は絶対にしません。なぜならば、そういうことは、目くじらを立てて話をするような内容ではないからです。ですから、そういう話が本当かなとか、嘘じゃないかなというような判断は、逆にお持ちにならずに、ただサラッと聞いていただければ、それで良いのです。私は、わかる人にわかっていただければ、それで良いのです。わからない方、信じない方は、それはそれで良いのです。「そういう現象はありますよ」という形で申し上げてはいますが、「必ずありますよ」とか、そういう言い方は私はしません。

前回は女性の皆さんに注意をいたしましたが、女性の皆さんも、この「霊の恐怖」を大変よく読んでいただいているようで、本当に感謝しております。私の個人的な意見で言えば、こういう話の内容は、ある意味では心の片隅に置いていただければ、わたしはそれで非常に嬉しいです。まったく否定されたり、そんな馬鹿なとか、そのような意味でなければ、私は感謝しておりますし、皆さんの知識の中の一つに数えていただければ、霊現象の話をしている意義があると思っております。

これは別に信じられても、信じられなくても別に私は文句は言いません。ただ、ちょっと皆様の身の回りに、よくある話があります。それは「木の話」です。
皆様の近くにも、大きな木があったり、実際にそれを触ったりすることがあると思います。例えば、直径80センチぐらいあるような大きな木です。そういう大きな木を、昔はよく「御神木」などと言いましたが、私の感覚では「御霊木」と言う方が正しいかと思います。つまり「魂が宿る」と言う意味です。
今回まず私がご注意申し上げたいのは、そういった魂が宿るような大きな木は、良い意味のものが割合少ないということです。それは、怖い木ということではなくて、非常に意味の深い木という意味です。それが良い意味でも悪い意味でも、霊的なものがそこにいるとか、住んでいるとかいう現象は、必ずあると思っていただいて結構です。ですから、そういった大きな木を粗末にしたり、扱い方を間違えたりすると良くありません。
そういう「御霊木」「御神木」と呼べるような大きな木は、やはり長い歴史を持っているのです。小さな芽が出てから、直径80センチぐらいの大きな木に育つまでには、何百年という年月がかかっているのです。つまり、何百年という歴史を持っているのです。その歴史がどういう歴史なのかによって『憑依』要するに、その木についている霊の種類が決まるのです。ですから、大きな木や太い木が全部悪いという意味ではないのです。御神木と言われるような木もあれば、怖い霊が住むような木もあるでしょう──くらいの言い方で、私はここで、ある程度言葉を濁しておきます。なぜなら、決定的なことはここでは書けないのです。ただ一つだけ間違いなく言えることは、そういった大きな木をおろそかに扱うことは、やめて頂きたいということです。

次に、春になれば芽を吹いて、葉っぱが青くなるというような元気な木は、生きていますから良いのですが、枯れて古くなってしまったような木は、良くないでしょう。
よく木の生命が終わった後、海でも川でも漂流していたり、岸辺に打ち上げられたりしている木があると、そういった木は流木と呼ばれます。それを見た人が「この流木は形が良いね、床の間に飾ろう」とか「これは花を生けたらいいね」とかいうことは、しょっちゅうある話です。しかしここでご注意申し上げることは、流木というのは確かに形は良いかもしれませんが、その木自体はもう死んでいる木なのです。もし、その木を土の中に埋めたとしても、根が生えてくるわけではありません。もう生命は終わっているわけです。そういう生命ハツラツとしていた時期が終わった木というのは、いくら形が良いからといっても、あまりどこかに飾ったりするものではありません。十分に気をつけなければ、怖い現象があると私は思っております。枯れた木、流木、古木ですね。そういうものはどうか扱い方に気をつけていただきたいと、私はそう思います。

それから木について、もう1つお話しをしておきます。
山の中では、木があまり密集して生えていますと育ちませんので、木の葉に日光がよく当たるように、間引きをします。またそういう理由でなくても、材木にするとか、別の理由で木を切ることがあります。切った木は板になるのか材木になるのか、いろいろなことに使われるのでしょう。
しかし問題は、その木を切った後の切り株にあるのです。
切り株は、山の中でも野原でも、大体10センチぐらい残して、全部取られてしまっています。ここで良く考えてください。良いですか? 切り株の上に生えていた木は、板になったり材木になったりしたのです。ところが、その切り株には、根っこがまだあるのです。そして実際に、その根っこの方は完全に生きているのです。そうすると、そういう切り株には、霊的なものが入りやすい、つまり、そういうものがそこに住みやすいという感覚を持っていただいて良いかなと思います。
よく切り株のところで「あ〜疲れた、どっこいしょ」などと言ってそこに座る人がいますが、私なら座りません。座った瞬間に何かの縁があって、そこにいた霊がスーッと入ってくるということが、しょっちゅうあるのです。ですから、切り株の上には腰掛けたりしないでください。これは、皆様が信じる信じないは別として、私は大反対をします。これはやめた方が良いですよ。

今日は木の話をいたしました。まだまだ色々なお話しがありますので、またお話しをしましょう。