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羅門しか知らない霊の恐怖
連載第十五話
今日は、A子さんとB子さんが不思議な霊現象の夜を過ごした、その後のお話しです。
前回のお話はこちら

あれから十日ほど経ったある日、A子さんがB子さんのところへまた連絡を入れてきました。A子さんはB子さんに、こんな話をしたのです。

A子さん「あなた、あれから何もないの?」
B子さん「別に何もないよ。どうして?」
A子さん「この間のことが、とっても気になってるから…」
B子さん「そうなの…。じゃあ、何かあったら連絡して」

この時は、こんな他愛もない会話だけで終わりました。

その日の夜、B子さんは特に気にすることもなく、寝床につくと、何かいつもの夜と違う感じがしました。そして、誰かいるな。あれっ、誰かいる。という感じがますますしてきました。
B子さんは、彼の名前をそっと呼んでみました。そして、返事を待ってみました。
やはり、彼がいたようです。彼は何となく気まずそうに、B子さんの魂に語りかけてきました。

僕のことはもう忘れてくれていると思うけれど、僕は不慮の事故で死んだんだ。それは君には連絡できなかったんだけど、未練がましく君のところへ時々来ていたんだよ。だって僕にはそれしか方法がないからさ。
僕も我がままだったし、君も我がままだったよね。僕も欲張りだったし、君も欲張りだったね。僕は君に対する思いやりも、今考えれば少なかったな。君も僕に対する思いやりはあまり見せてくれなかった。でも、何となく別れてしまった。どうしてそんな風になってしまったのか、別に今さら結論づけたいとは思っていない。
でも僕が今日ここへ来たのは、僕が思いを込めて君に贈った指輪を、君が海の底へ投げるなんていうことを聞いたからだ。それだけは待ってほしい、そうやって思い出を捨て去るのは君の自由かも知れないけれど、せめて海の中へ捨てるのだけはやめてほしいと僕は思ったんだ。
確か、君と海へ行ったよね。いい海だったよね。二人で日常から離れて、別世界のような白い砂浜を見たあの時のことは、いまだにしっかり覚えている。だから海の底へ指輪を投げ捨てるのだけはやめてほしい。どうか、僕の気持ちをわかってほしい。
そしてもう絶対に君のところへは現れないから、指輪はどこか山の方でもいいから、水のないところへ捨ててくれ。僕にはその方がいいんだ。
それから、ある意味で良い人がいたら、早く結婚して、幸せになってほしい。僕は近いところにいるけれども、物理的には遠いところにいる。地球の裏側の方にいるとでも思ってくれたらいい。
本当に今でも君のことは大好きだよ。これで永遠にサヨナラだ。

彼はそう言って、B子さんのところから消え去りました。
B子さんは、自分の思い出は自分の中だけでしまっておこうと、決心をしました。思い出は、相手の人が生きていようと、もうこの世からいなくなっていようと、そんなことは関係ないのだ、そんな風に思ったのでした。




今回の話を含め、十五話にわたって連載して参りましたが、夏も終わりということで、このあたりで連載に一旦区切りをつけようと思います。また次、機会があったらお話ししたいと思っております。
私が、この「霊の恐怖」を通じてお伝えしたかったことは、霊、つまり魂の存在とその世界、霊の尊厳についてです。
皆さんは、死んだら誰でも生まれ変われると思っていらっしゃいますか? あるいは、死んだら無になると思っていらっしゃるのでしょうか? 誰でも生まれ変わることができるなら、あるいは無になるのであれば、どうして、その辺に彷徨っている魂がいるのでしょうか? どうして供養して欲しさに姿を現す霊がいるのでしょうか?
そもそも、霊などいない、魂など無い、というお考えの方は、これをお読みになっても時間の無駄というものですが、霊の存在、魂の存在を信じている方々のために、どうしてもお話ししておかなければならないことがあります。

十四話の中で少し触れましたが「自らの生命の、魂の生き様に対して、自分の意志を反映させることは難しい」つまり、現世において、いくら自分が不成佛にはなりたくないと日頃から思っていたとしても、神仏の世界(聖霊界)の存在を知らずに生活をしている人間は、不成佛になる可能性の方が非常に高い、ということをお話ししておきます。
人間の魂は、今まさにこの瞬間も「聖霊界」から見られています。この話は長くなりますので簡単に説明しますと、魂の世界である聖霊界には、人間としての生活を終えた魂が帰るべきところがあるのです。一般的な言葉で言えば、天国ということになるのかもしれません。そこと人間界とを行ったり来たりを繰り返すことで、魂の「霊格」を高めていくのです。その繰り返しが「輪廻転生」と呼ばれるものです。一方で聖霊界の中には、自らの霊魂を高めることができずに、輪廻転生できなかった霊魂が行くところもあります。そこは一般的に言えば、いわゆる地獄です。これも簡単に申し上げますと、そういう霊魂は、そこで消滅してしまうのです。聖霊界へ帰ることもできず、しかし消滅だけは避けたいと思う霊魂が、現世に彷徨っているのです。それが不成佛なのです。

心霊スポットなどと言って、不成佛を見たがっている人がたくさんいらっしゃるようですが、自分が不成佛の立場になってみたらいかがですか? 霊にも尊厳があるとはそういうことです。面白半分に自分の場所に入ってこられたら、どんな気分でしょう。墓地や霊園もしかりです。
ここで、考えてみてください。あの世(聖霊界)に帰れないことを悟り、ひっそりとその場所に留まるより仕方のない霊魂に、実はあなたもなる可能性が非常に高いのです。不成佛はあなたの周りにもたくさんいます。見えないだけです。転生できない理由は様々です。転生をすることが非常に難しいことであるということを、皆さんにお伝えしておきたいと思います。少なくとも、神仏を意識して生活していなければ、難しいことなのです。まして、自滅をするなどはもってのほかですよ。

以前にもブログに書いたことがあるような気がしますが、私には聖霊界より“超霊力(神仏の力)”を与えられ、多くの方の魂を救う使命があります。様々なことをご指導申し上げたり、人生の悩みを解決して差し上げたり、がんや難病の方のために御祈願申し上げたり、私がそのようにするのは、すべて、その方の魂を救い、この世を少しでも安心して過ごしていただきたいからなのです。この「霊の恐怖」の話も同様です。皆さんの関心の高い「霊の話、死後の魂の世界」をお話することで、少しでも魂の救済に役立てることができればという思いです。
オドロオドロした話を期待されていた方々には、面白くも何ともない話だったかもしれませんね。こんなことがあるはずはない、と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
それでも私は、今後もいろいろな角度から「真実」のみをお話ししていきたいと思っています。「真理」をお伝えしていきたいと思っております。

世の中が便利になり、その分、欲に走る人が増えた今、ますます転生が難しくなりました。私は皆さんから望まれれば、いくらでも手助けができます。一人でも多くの魂を救いたいものです。
皆さんも、ご自分の魂を大事にしてください。