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羅門が語る病気の事
アメリカのCNNというテレビ会社で報道された内容ですが、アメリカの大学教授が、インタビューをしたり、調査をしたりした結果が発表されていました。向こうはキリスト教がほとんどですが、自分の両親や親戚が病気になって、医者から「助けることは難しいです、覚悟してください」という話をされても、奇跡を信じる、奇跡によってこの病気は治っていくだろうというような考え方を持っている人が、57%ぐらいいらっしゃるそうです。

医師会の方では、やはり医学的に助かることが難しい病気の場合には、いくら奇跡を信じていても、奇跡は難しいですよということを教えようとしているのです。
だけど、何とかしてその人を助けようと思っている人に対して、いくら医学的だとはいっても「はいダメです、この方は死にますよ」という宣告的なお話しは、やはり耐えられないものです。何とか希望を持って延命をしたい、少しでも長生きしてもらいたい、という感情は、やはり人間の心の底にある、願いと心ではないでしょうか。ですから、この人にだけは奇跡が起きてほしいという思い、愛情、あるいはそういうものが奇跡を求めていると、医師の方も考えなければいけませんよ。何も1+1が2という感覚で、「奇跡なんか起こりません」というような冷めたような言い方は、苦しい胸中を持っていらっしゃる人たちの頭を金槌で殴るようなことではないでしょうか?「奇跡はありません」なんていう言い方は、私はどうかと思いますよ。
例えば奇跡というものは、何も快復を保障するとか、そういうような問題ではないのです。どんな状況でも、奇跡を願う人、その人の心の問題、そして願う状況にまでなっている人の思いというものを感じてあげなければダメですよ。私はそう思います。

どの宗教が良い、どの神様が良い、どの仏様が良い、そういうことの選別をしているわけではないのです。どんな宗教だって、立派な宗教です。例え間違いがあっても、それはそれです。宗教はとても多いのです。では宗教とは何かといえば「真理」です。「真理」が集まったものが宗教です。ですから、むげに神や仏を頭のてっぺんから否定してしまうというのは、私はやっぱりおかしいと思いますよ。
私個人としては、過去何十年という間に、奇跡的なことはうんと体験していますし、奇跡を与えてもきました。私の祈願の力は並大抵のものではございません。私の祈願する力は、自分で言うのもおかしいかもしれませんが、やっぱり大変なものです。私が自分で自信を持って言えることは、もの凄い力だということです。祈願行をしている時は、目が充血して、目の中の血管が切れるぐらい、体に力が入っています。そしてその人のご病気に対して、何とかしようという私の思いが、奇跡を起こすのです。それが『超霊力』です。
こういう話をすると、すぐ科学的な根拠を求める人が出てきますが、科学的な根拠を出せと言うのなら、ぜひその人に科学的な根拠で解決してほしいものです。どうぞ、そうしてください。例えば、人は子供に対する愛情、病人に対する愛情、ご夫婦の愛情、いろいろな人や物に愛情を持って、こうなりたいという願望を持っていますよね。その時にあなたはそういうお考えを、どうぞ全部科学で解決なさったら良いのではないですか。解決できるならば、それもそれで良いと私は思いますよ。私はそれが悪いなんていう生意気な口をきける立場ではありません。

重要なのは、ただひたすら私の超霊力で、その方のご病気が、延命、または改善をしてもらいたいという祈願をする心です。医師法だとか、薬事法だとか、そういう問題ではないのです。私にしかわからない感覚なのかもしれませんが、やはり祈るんだという気持ち、祈願する力、そして私の持っているエネルギー、それが病気に対して大きな大きな力を、現実に与えていくのだと思います。
よく昔から言いますね。例えばケガをしたときに「傷は浅いぞ、頑張れ」というようなことを言いますが、あれを科学的に、あなた傷は深いから死にますよということを言ったら、おしまいになっちゃうんですよね。やはり人間というのは、どういう立場に置かれても、希望を持って祈るという気持ち、そして誰の力でも良いから、助けてください、という思いが、人間と人間の当然の愛情ではないでしょうか。病気に対して奇跡を信じる方は、どうぞ私をお訪ねになってください。お話ししましょう。そしてお助けしましょう。それが一番大事なことですよ。
人間には突然、様々な不幸が起きてきます。それを一人で解決しようとしても、無理なことです。みんなで考えて、みんなでこうしようという感覚を持たなければダメですね。

是非この欄は続けていきたいと思いますので、どうぞ愛読してください。