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私は今までにも、様々な予言・予知をして参りましたが、いかがでしょうか?
皆さん、正直なところ、予言や予知は必要ですか? 皆様のお役に立っていますか?
ここのところ毎日のように、もの凄い大雨や洪水のニュースが流れています。亡くなった方もいらっしゃいますし、被害に遭われた方々はとても大変だと思います。しかし私はもうずいぶん前から、局地的な豪雨が当たり前になることはご注意申し上げています。別に、私にとっては自分の予言や予知が当たったかどうかなどは、どうでもいいことなのです。そのまま言った通りになるのが当たり前なのですから、気にもなりません。ただ私が気になるのは、その私が予言したことを皆さんがどのように捉えているのか、と言うことなのです。

今回の局地的豪雨でもそうですが、結局日本人という人種は、被害に遭ってみないと分からないのです。それで被害に遭ったらすぐ今後に備えるかというと、そうでもないのです。特に行政なんぞは言わずもがなですね。国民のことなどちっとも考えていませんね。
地震でも、そのほかの天災でも、皆さんはきちんとそれに備えていらっしゃいますか? 何か方法を考えていらっしゃいますか?皆さんの中に、何の心構えも生じていないのであれば、私の予知や予言は意味がありませんし、私でなくても気象庁のお金をかけた予報や予測などもいっさい無駄なわけです。
こんな「一寸先は闇」の世の中ですから、聖人・賢者のような、いわゆる救世主でも出てこないかなあ、と思っている人もいらっしゃるのではないでしょうか。でも、考えてみてください。過去の聖人・賢者は亡くなってから、生きている人間の都合で勝手にそう評価された人たちばかりですよ。皆さんだって、今現実にそういった聖人・賢者のような人が現れても、信じないでしょう?

それで、結局どういうことなのかと申し上げますと、予知・予言にせよ、聖人・賢者にせよ、何事に関しても、他人がどうのこうの、ああでもない、こうでもないと言ったところで、最終的に判断するのは本人ですから、すべては「自己責任」ということなのです。その人がどうなろうと、こうなろうと「自己責任」ということなのです。
ここで、それをそのまま人生に当てはめてみましょう。誰の教えも請わずに、自分だけの力で成功した、あるいは幸せになったという人がどれほどいるでしょうか。いますかね? 現実に。
「自己責任」と言うと、何だかとっても冷たいような感じがしますね。自分の人生は自分で責任をとる、という意味に他なりませんが、時には人に助けてもらうことも絶対に恥ずかしいことではないのですよ。

人間の価値観は人それぞれですし、何をもって成功と判断するのかも、人それぞれに基準を持っていると思いますが、一般的に言って、社会的に成功している人、あるいは幸せな人というのは、それなりに人生に対する意識が高く、努力をしているものです。自分なりの哲学も持っています。信念も持っています。また、そういう人たちの特徴として言えることは、周りの意見を柔軟に取り入れ、自分の中で吟味して、実行しているということです。ここで一番大事なのは、人の意見を吟味する力がある、ということなのです。また、それを自分のものにすることができる、ということなのです。
人の意見を取り入れて、自分のものにするということは、簡単そうで大変難しいことです。それは皆さんもよくお分かりではないでしょうか?自分の好き勝手に生きれば、それなりの結果しか得られないということを、実体験している人も多いのではないでしょうか?でも、なかなかその生き方をやめられないのが人間です。分かっているのにやめられないのが人間です。そして同じ失敗を繰り返し、気がつけばちっとも前に進んでいなかった、無駄に時間とお金だけを浪費してしまった、なんていう人もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか?
人の意見を吟味するだけの教養を、幼い頃から培うことはもちろん大事ですが、やはり、なにより大事なことはその人の「心」、「気持ち」なのです。「素直な心」なのです。
本当に、心底手に入れたい目標があるのであれば、あるいは、心底結果を出したいと願うのであれば、ときには、プライドを捨ててでも、何かを犠牲にしてでも、他の人の意見を素直に聞くことが絶対に大事ですし、必要なことだと思いますよ。
何も私は、私の話を聞きなさい、と言っているわけではありません。だれでも、どんなことに対しても、人の言うことに耳を貸すくらいの余裕が、人間には絶対に必要ですよ、ということを言っているのです。
ここで予知的なことを言えば、これから戦争は必ず起きてきますし、日本も巻き込まれていきます。そして悲しいことですが、それは仕方ないことだと言って片付けるしか無くなってきます。こんな時代ですから、これからは神仏を心の拠り所として頼っていかなければ、先が切り開かれません。人間の力だけで解決をしようとしても、潰し合いになるだけです。そういった考え方を取り入れていかないと、これからの時代を生き抜くことは、無理が出てきます。

それからもうひとつ、もっと謙虚になりましょう。分かっていらっしゃるとは思いますが、物質的に豊かになることが、真の豊かさとは言えません。「素直で謙虚」は仏法においても大変重要なことです。私の超霊力も素直な人にはより強くお与えすることができます。言い換えれば、そういう人には力が伝わりやすいのです。「素直」という生き様は神仏からの高い評価に値する、ということなのです。
何の知識もないのに、物事を憶測だけで判断するのは大変危険です。最近は自分に判断力がないということすら気づいていない人が多くなりましたから、今のようなメチャクチャな世の中になったのも、不思議ではありません。もっとも、今は正しいことを教えてあげられる人も少なくなりました。正しくあるはずの大人ですら、???と思わざるを得ない人が多いのですから、どうしようもありません。???の子供は?????????ですね。この表現で分かって頂けるでしょうか。
人は、経験から学ぶことが多いですし、むしろそれがほとんどかもしれませんが、経験してからでは遅すぎることがたくさんあるのです。ただ転んで怪我をするくらいだったらいいですよ。傷はいずれ治ります。「失敗は成功の元」なんていう都合のいい諺もありますが、失敗したら取り返しのつかないことが実際には多いのです。社会的にも、感情的にも、道義的にも、私の感覚では聖霊界的にも、取り返しのつかないことが多すぎるのです。即因縁なんてことにもなるのです。

何事も面倒くさい、なんて言う人は問題外です。そういう人は私に言わせれば、人間の価値がありません。人間は努力無くして、存在意義がありません。一生勉強、一生修行です。
どうか、生きている間は人の言うことに耳を傾け、自分の頭で考え、またそれを実行する習慣を身につけてください。それが、人生をうまく渡るひとつの知恵ですし、秘訣でもあります。
命がある、生きる、生き抜く、それが人間にとって大事なことなのです。