いま私のブログをお読みになっている皆さんが、私のブログを知るきっかけは何だったのか、また私のブログにどのようにしてたどり着いたか、それは皆さん様々だと思います。しかし、私はこういうことは言えると思います。
世の中でインターネットを見ている人の数はもの凄い数ですし、ブログも色々な人が書いていて、無数にあるわけです。1日に何万人とか、何十万人とかアクセスのあるブログもあるわけです。一方で、私のブログを全く読むことも見ることもない人は、数え切れないほどいるのです。

ですから、皆さんがこうして私のブログを読むことが、私と縁を結ぶ前の第一歩になっていることは間違いありません。そうしてブログを読まれた方が、私とご縁を結ばれて、お会いして話をするということは、本当に立派な縁だと思います。ですから、私が手を差しのべたときに、助かろうとする気持ち、私の手をしっかりと握りしめる気持ちが、大切なことなのです。縁が繋がらない人には全然繋がらないのですが、繋がるときはきちんと、縁というもので繋がるのです。

私はよく考えることがあるのですが、例えば歯が痛くなって、歯が痛い、腫れてきた、痛くて耐えられない、寝られないと言って歯医者へ行きます。そして治療をしてもらいます。虫歯を治してもらったり、歯を抜く場合もあります。その時には、その歯自体をどうするのかというよりも、まず痛みを無くして欲しいということで歯医者へ行くと思うのです。人によっては、どの歯医者が良いのかを、慎重に選ぶ人もいるでしょう。そうして歯医者へ行き、治療をしてもらいます。何回か治療を重ねて歯医者の治療が終わりました。そうすると、もう歯医者へは行きません。
信仰もそれと同じだと思うのです。私のところに来る人も、自分が苦しい時には「信仰をしてこうなりたいんです」とか「こういう病気を治したいのです」とか、色々なことをおっしゃいます。しかし、一旦良くなればそれっきり、もう知らん顔をして信仰の「し」の字も持たない人が、現代の世の中には大勢いるのです。私のところにも、そういう人がたくさんいました。
そして「今頃あの人はどうしているんだろうなぁ、最近お顔を見ないなぁ、寂しいなぁ」と思っていると、しばらくすると、その人にまた問題が起きて、私を訪ねていらっしゃいます。それで「今度こそしっかり信仰を持ちます」とおっしゃるので、一生懸命お救い申し上げても、問題が解決すれば、また離れていってしまうのです。そういうことの繰り返しばかりです。
私は今までに、そういう人がどれだけ大勢いらして、どれだけ嫌な思いを経験してきたかわかりません。寂しい世の中だとつくづく思います。一体自分は何をしているのだろう、こんな事で良いのかと、自分で自分の考えがおかしくなる時があります。よく仏の世界とか、神の世界を信じられないと言う人がいますが、逆に私の立場からいうと、こういった現代の人たちの考え方が、信じられないと思う時があります。しかし、縁というものはそういうものかもしれません。

中には、私とご縁を持てば、全ての災いから守ってもらえると思っている方がいらっしゃるようですが、しかし、それは誤解です。先ほどの歯医者の例で言えば、私とご縁を持つということは、良さそうな歯医者を自分で選んで、その歯医者へ行くということと同じです。歯医者に行っても、しっかりと治療をしたり、時には麻酔を打ったり歯を抜いたりしないと、歯の痛みは無くなりません。それと同じように、確実にご自分を守ったり、運を良くしたり、ご自分にとって良いことを望むならば、きちんとしなければならないことが存在するのです。それは私が皆さんの代わりに、聖霊界としっかりと繋がりを持った上で行う「大法行」なのです。
「大法行」は歯医者に例えれば、麻酔を掛けたり、歯を削ったり抜いたり、時には差し歯や入れ歯のようなものを作ったりすることですから、「大法行」には痛みのようなものや、色々なことが伴うのは避けられないことでしょう。痛みと言っても歯医者のような肉体的な痛みはありませんが、聖霊界は魂の世界ですから、色々なことがあるとは思います。しかし、それを乗り越えないと、良くなるものも良くなりません。ですから私が「大法行」をお引き受けするに当たっては、その方の状況に無理があったり、神仏が自分のために何かをしてくれるのは当たり前だとお考えになっていたり、神仏に対して尊厳がなかったり、必死さが伝わってこない場合は、お断りさせて頂いております。
「うちの歯医者は来るだけで治ります、治療をしなくても治ります」などと言う歯医者はありません。それと同じで、私とご縁を持つ、つまり会員に登録しただけで全ての災いから守ってもらえるなどということは、ありません。

私は、縁籍会員でも、インターネット会員でも、私とご縁を持った方には、超霊力を込めた「超霊力宝印」を差し上げています。その宝印を持っているのと、持っていないのとでは、大きな差が出ることは間違いありません。私はインターネット会員の制度を作るときに、インターネットを通してご縁を繋ぎたいという方に対して、超霊力を差し上げるには、どのようにしたら良いか考えました。縁籍会員には「超霊力の日」に参加された時に、私が超霊力を差し上げていますが、インターネット会員になる方は、私とお会いすることが色々な面で難しい方ばかりだろうと思いました。
世の中の人たちは、自分に超霊力という魂の力が備わっていることには、なかなか気が付かないものです。ですから、皆さん一人一人に元々備わっている超霊力を、使いこなしている人はなかなかいないのです。ですから私は、その皆さんに元々備わっている超霊力を強めるために、インターネット会員に「超霊力宝印」を差し上げることにしたのです。そして、それを握りしめてお参りをすれば、それによって、皆さんお一人お一人の魂を高めることもできますし、その人に元々備わっている超霊力も強まるという結論を出しました。そうすることで、災いから逃れる事にも繋がるのです。インターネット会員の目標は、「超霊力宝印」に込められた超霊力を得て、自分の超霊力を目覚めさせ、今までの自分より超霊力の威力を発揮させ、自分の超霊力に合った運を掴むことにあるのです。

聖霊界は、向上しよう、今より良くなりたい、一生懸命にやり抜こうとする霊魂を育てたいと思っています。これが霊格向上に値するからです。その方が、神仏の世界(聖霊界)をどのように意識されるかで、人生の運命が変わってゆくのです。要するに、聖霊界の守護や加護を受けられる意識を持って行動をしないと、結果は現れて来ないのです。
ですから、本当に大事なのは、私とご縁を持った後、聖霊界から認められる魂になることが出来るかどうかで、人間社会においての守護や加護に違いが出てくるのです。まず会員になって私とご縁を持つというのは最初の一歩であって、私とご縁を結んだからと言って、すぐに全ての災いから守られると思われたら、それは間違いなのです。私自身は、超霊力によってエネルギーを持ち、情熱を持ち、霊格を向上させ、素晴らしい人生を歩むことに関して、ご縁を持つという事は素晴らしい事だと、自覚しております。

聖霊界のお話や、こういったお話は大変哲学的ですから、ちょっとした疑問でも非常に深い問題がいっぱいあるのです。ですから、コメントを頂いても簡単にはお返事できないこともあると思いますが、また次のお話でお会いしたいと思います。