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奇跡鑑定
今日のブログは、大変大切なブログでございます。どうかしっかりしっかり読んでいただきたいと思います。なぜならば、今回のこのブログは、私の長年、長い年数の経験と力を込めたものでございます。
「人間はこれからどうなっていくのか」というようなことに関して、非常に不安を持ったり、想像をしてみたり、考えたけれどわからなかったり、そういうことがあります。そしてそれには、やはり一抹の不安があるものです。ですから世の中に「占い」という言葉がよく出てくるわけです。

占いということに対して私は、その占うということが一つのゲームならば、別に問題はないと思っております。例えばアメリカのかつての大統領が、奥さんと一緒に、アメリカの有名な占いの人に占ってもらっていたということは、ずいぶん世間に流れている話です。それは例え大統領であっても、一般の民間人でも、良くわからないことに関しては、占いに興味を持って、そちらの意見を聞くということは、私は別に間違いではないと思います。別に国民の命や国民の全てを占いに賭けているわけではなく、大統領個人の問題ですから、それに対して我々がどうのこうのと言うべき問題ではないと思っております。

占いにはもの凄く種類がありますね。恐らく数を勘定することは無理なぐらい、占いの種類があるでしょう。日本にもいっぱいあります。
昔は十円玉を5、6枚投げて、その十円玉の並び方によって占ったりしたこともありました。もう50年も前の話ですが、黄小娥(こう しょうが)という人がそういう占いを持っていました。それから途中で占いを辞めましたけれども、和泉宗章(いずみ そうしょう)という、占いで「天中殺」という言葉を流行させた人がいました。最近では女性の細木数子が、天中殺のような言葉で「殺界」という言葉を使って、占っております。これは星を使った占いです。人間が火星だとか木星だとか金星だとか、そういう風になっている占いのようです。その細木数子については、何かと全然当たっていないことがあるのです。それはやっぱり占いですから。そうすると、占ってもらった人が「やっぱりちょっと違うなぁ」と思っても、それに対して細木数子が言うことは「いやーそんなことはしょうがないんですよ、しょせん占いですから」という言葉で、ずっとお話ししていらっしゃいました。確かにその通りです。しょせん占いなのです。ですから、占いに対して自分の人生を託すというような意味では、ちょっと難しい点があると思います。

それから最近、大変売れている本の中に「A型・B型・O型・AB型」という、人間の血液型によって、それぞれこのような性格を持っているとかいう内容の、非常に統計学的な血液型に関する本が、爆発的に売れているそうです。昔、浅野八郎という血液型の先生がいまして、その先生が言われることは、結局血液型というのは医学的な根拠はゼロなんだ、性格や運命と血液型が結びつくことに根拠はない、ということです。私もその意見を聞いて、納得しております。
医学的な面では、例えば輸血するという場合には、血液型が非常に重要視されているわけです。ある本によりますと、南米の方では、AB型の血液型は本当に少なく、1000人のうち何人かというぐらいの割合だそうです。ヨーロッパでもB型とAB型の人が非常に少ないそうです。逆にインドでは、B型の人がA型の人の倍ぐらいいるそうです。医学的には、血液型によって性格が決めつけられるということは無いのですが、その国々によって、血液型に対してどのように見ているかが違うという感覚は、十分にあります。
しかし、だからといって血液型と性格がまるっきり関係ないのかというと、統計的には、O型の人はこういう性格を持っている人が多いとか、やっぱりB型は朗らかだとか、A型は優しいとかいうようなことは、確かに言われています。また、例えばA型の男性はB型の女性と付き合った方が良いとかいう、血液型と血液型の相性も言われています。それは、医学的な根拠はないんだということを頭に入れて考えるなら、別に何の問題もないですし、むしろ面白いことだと思います。

あとはトランプ占いだとか、もう占いは無数にあります。手相もそうです。最近は銀座のお母さんだかママさんだかという女性の方が、手相を見たり、四柱推命を見たり、芸能人専門のように色々とやっています。この人は、すぐ人の頭をポンポンと殴る癖がありますね。これは大変失礼なことだと私は思います。思い余って、色々なことを聞きたいと思っている人がその人のところへ来て、お話をしているときに、「あんたはこんなことをやっていたでしょう」とか言ってその人の頭をポコポコ殴るような、そういうことは私はやっぱり失礼だと思います。
それからあとは、筮竹(ぜいちく)ですとか、中国系統の占いですとか、先ほども出ましたような四柱推命だとか、本当に色々あります。ではどれが確実なのかということになると、これはなかなか決めることは難しいと思います。
少し長くなりましたけれども、私が今回非常に言いたいことは、私の「奇跡鑑定」とはどういうことかということです。それは、皆さんに自分の人生をある程度わかってもらいたい、そして皆さんが「奇跡鑑定」を占い的な要素で考えていらっしゃるなら、ちょっとそこは違いますということです。私は魂のことを見ますから、占いとは全く違います。ただ非常に楽しく、審査をしていくのに、魂を見ていくのに、楽しく話を進めたいという意向は持っています。
今回はここで一旦お休みして、またすぐ続きます。