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時事放談
最近の出来事で気になることがいくつかありましたので、今日はそれを時事放談として、聖霊界の摂理も交えて書いておきたいと思います。

まず、HIVの感染者が累計で15000人を突破したということです。我々日本人は、エイズというものに関して、さほど大したことのないような錯覚を持っているかもしれませんが、エイズというのは死に繋がっていく大変な感染病です。
これは肉体的な接触によって感染する物ですが、普通の人が見ても、この人がエイズだということは全くわからないわけです。街を歩いていても、まったくおかしくないのです。その人が15000人に増えたと言うことに関して、我々が考えなければならないことがあります。
それは、エイズになりたくてなった人は誰もいないわけですが、それでも数が増えていくのは、エイズに対して安易に考えているからです。このエイズという病気が、人間関係や家族関係、夫婦関係、恋人関係、そういうものを全部破壊していく感染病だということを、皆さんは覚悟を持って考えなければいけません。ではどうしたらエイズにならないかということは、やはりその異常な性的な関係をやめるとか、また男女関係の問題もよく考えなければいけないということです。そういう行為がなければ、エイズはうつらないのです。そして自分で心配だったら、病院で検査をすれば良いのです。当たり前のことを言っているようですが、当たり前のことがわかっていないから、人数が増えるのです。私はこういう人たちは、神仏に守られていないと思います。そして、守られようとしていないと私は思います。

もう一つ、ここのところ大変気になるのは、麻薬の話です。大麻とか覚醒剤とか、テレビを見ていても顔をしかめるような話が出てきます。麻薬というのは、死に繋がっていくわけです。と同時に、これは社会悪として蔓延することを許されないものです。
昔は大学に対して、みんな価値観を持っていたわけです。ところが大学の中で学生が大麻を吸って、大麻汚染をしているということに関して、衝撃をもって迎えている人が何人いるのでしょうか。これは大きな問題です。しかもその大麻を学校で売買しているということです。これは大変な罪悪というよりも、誠に悲しい悲しい出来事です。
そしてテレビで放送していることですが、街中の路上で主婦が、外国のバイヤーから麻薬を買っているということです。しかも真っ昼間にです。売買の対象になる主婦達は、1日60〜70人いるという話です。主婦ということは、ご主人も子供もいるわけです。つまりご主人が会社へ行っている留守の間に、主婦は麻薬を買って自分で使っているということになりますね。
一言で言えば、信じられない世界です。しかしこれは結局は悪なのです。そしてエイズと同じように、この麻薬もどんどん増えていきます。日本人として何を考えているのかわかりません。結局はもう、ある意味でみんなが破れかぶれになっているのでしょうか。私がこういったことをブログに書くのも、大きなお世話を焼いているのかもしれませんね。

聖霊界から見れば、麻薬を使ったり、エイズになったりするようなことは、聖霊界から縁を切られ、見放されたということです。早い話が、一言で言って救えません。また救うべきではありません。
なぜならば、そういう人たちは、そうなることを承知した上での行動と結果だからです。地獄へ落ちていくことを承知でしているのです。自ら選んだ道です。
同性愛ということでも、精神的な部分、プラトニック的な問題は仕方ありません。普通の人でも、あの人は好き、あの人は嫌いとかそういう感情はあります。それと同じ事で、精神的な部分ならば、それは摂理に反していません。しかし、肉体的な問題に関しては、やはりそれは男女のルールというものがあります。それを逸脱しているということに関しては、聖霊界の摂理に反しています。
麻薬を買ったりする霊魂は幽途界に行き、暗震幽途界、因幽途界、不生無明界に入って行く霊魂ですから、それは救えません。またそういう霊魂には、救ってもらおうなんていう気持ちはありません。そんなことは大きなお世話でしょう。そうなりたいからなるのです。自分でお金を出して麻薬を買い、自分でその世界を選んでいるのです。そんな欲望の塊のような人間を聖霊界が救おうなどとは思ってもいません。麻薬を買って麻薬を使ったらどうなるかということは、みんなわかっているわけです。知っていてそういう世界へ入りたいというなら、入らせてあげれば良いではありませんか。学生はまだ子供だからと言う人もいるかもしれませんが、霊魂として考えればいいのです。欲望を持った時点で、子供とか大人とかは関係ありません。3歳や4歳の子供が、そういうことをするでしょうか。
性的な問題にしても、自分で望んでしていることです。結果がああだからこうだからということではないのです。結果がわかっていて、そこへ入っていった人間なのですから、我々が救いの手を出すことは、その人たちにはかえって申し訳のないことなのです。その人たちの世界に、我々が余計なことをする必要はないのです。その人たちは自分から入りたい世界に入っていったのですから、自由にさせてあげれば良いではありませんか。

それよりも、まともにきちんとした生活をしていれば、そういう世界には縁がないものです。そして、そういう世界に入らない人たちは、ちゃんと守られていくべきだと思います。自分の中から湧き出てくる信仰心をきちんと持っている人は、そういうことはしません。そこが信仰心を持つ人と持たない人の差になってくると私は思います。
とにかく、自ら望んでその世界に入っていった人たちを甘やかしてはいけません。信仰心のない霊魂はいらない。それが聖霊界の摂理なのです。