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礼儀いま何となく日本が落ち着きません。どんな話をしても必ず出てくるのが、経済の話題です。不景気ならば不景気なりに、国民みんながそれに対して共に良い意味の行動をしていけば良いのですが、こういう時期になってくると余計に日本の国の中でまとまりがなくなってきます。ではどうしたらいいのかと、不安や疑問が出てくると思いますが、一番の問題は、国の中で皆がきちんとした礼節を持っていないということです。

それはどういうことかというと、人間としてルールがあると思うのです。そのルールは何も大変なものではありません。ただ、人間のルールは自分の身近にある本当に小さな事でも、それを守っていかなければならないと思うのです。例えば駅の構内で何人かが集まって話をしているときに、大きな声で騒いでみたり、バカ騒ぎをしてみたり、人に迷惑を掛けるような奇声を発したりする人がいます。そんなことは小さなことだと言うかもしれませんが、そういうことはルールだと思うのです。そういったルールを守るということから、人間らしさが出てくるのです。
昔の大正とか昭和とかいう時代では、人間として守らなければいけない礼節は自然に知っていて、身に付いていたものです。小学校でも先生によく怒られたのは、礼節の中の一つだと思うのです。それは先生から押さえつけられるような教育を受けたということではなく、「それはしてはいけないことだろう」「それはダメだよ」という言葉で、子供達はそれで静かにルールを守って、礼節を守って、そして礼節を作り上げていったのだと思います。そういうことが昔はあったのですが、今この時代になってくると、その礼節を世の中が誰ということでなく完全に破壊してしまっています。人様に対して自分たちの主張を言うのは良いのですが、主張することとルールを守らないこととは全然違います。やはりきちんとした、人間としてのルールを持っていないと、幸せになるとか、良い結婚をするとか、良い家族を造るとか、良い家庭を作るとか、そういうことは全部無くなってしまうと私は感じます。ですから、礼節とか礼儀とかいうことの中には、当たり前という言葉が相当入ってくるであろうと思います。その当たり前が守れなければ、そういう人間だということでしょう。人間が日本に何人いても、人間としてこういうことは皆できちんと守ろうということが、私は礼節だと思います。
今の日本人には、和むとか、お互いに理解し合うとか、心の大きさとか、相手に対する気持ちとか、相手に思ってもらう気持ちとか、そういう人間らしさというのがまったく無くなってきたように感じます。何でもかんでも「今はそういうのは流行らない」とか、「今はこれで良いのだ」とかいう話になってしまっていると思います。
例えばその良い例が、昔は女性は、どんなに忙しくても、どんなに働いていても、自分の部屋の鏡の前で、姿勢を正してお化粧をして、髪の毛も整えたものです。今はお化粧をしたり、髪をとかしたり、そうしたことを電車の中で平気でできるということが、私は不思議で仕方がありません。と同時に、一番してはならないことだろうと思うのです。それは自由だということになれば、そこでどこでお化粧をしようと、何をしようと、電車の中を走ろうと、それは自由だという言葉で結論を出してしまえばそれで終わってしまうのですが、私は非常に気になるのです。
日本は日本人らしさとか、日本人の常識をきちんと守っていくことで満足感を得ることが、これからの日本に求められることだろうと思います。

大正とか昭和とかの昔は色々な意味で、足かせといいますか、これをしてはいけない、それはするべきではないといった世間の風習や礼儀がありました。そして戦争が終わって軍隊式の考えから解放されて、グッと押さえつけられているものが弾けていくと、自由を求めるのです。そのときに一体どういう形が本当の自由なのかということをわからなくて、何でもかんでも自由であるという考え方が出てきてしまったことが、かえって人間の心を不満にしたのだと思います。
茶道の世界には茶道の世界のルールがあります。それを守ってこそ素晴らしく、茶道の値打ちが出てくるのです。それが、人に迷惑を掛けなければどうやっても自由ですよというところにはルールは無くて、茶道でもなくなるのです。だから形を守っていくことだけは皆でしないといけません。形が守れなければ、美の造形も、心の造形も、生活の造形すらできないということになると思います。
スポーツにしても、例えば野球はルールがあってこそ面白いのです。バレーボールもネットの高さが決まっていてこそ面白いのです。テニスにもルールがあります。そういったスポーツをしている時に、ルールに締め付けられているという感覚は絶対にないはずです。ルールは締め付けるものではなく、守っていくものです。一般社会の生活の中でも、年齢に関係なく、押さえつけられたものではなくて、ナチュラルに守るべきことを守っていく、それをごくごく当たり前に履行できることが、人間らしさであり、日本人らしさではないでしょうか。そして、そういうルールを自然にきちんと守るということに、人間としての魅力を感じて欲しいと思います。そうすることによって、自分たちがきちんとした生活をしているのだという意識が芽生え始めて、ルールを守っていくところに、精神的に良い気持ちや、心の余裕ができるのです。
小さな子供からお年寄りまで、人間として守るべき事はきちんと守ろうよと、礼節をお互いに暗黙のうちに、大きな声で言わなくても守ろうよという感覚が発生してくれば、これから良い日本を作っていくことができるという期待ができると思っています。