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この私のところよりも、富士山に近いところにございます冨士霊園は、私のところから車で15分ぐらいでございましょうか。その冨士霊園の中で、清水由貴子さんが亡くなっていらっしゃったそうです。あまりにも悲しい出来事です。49歳、酸いも甘いもしっかりわかりかけた年齢です。テレビのお茶の間に、あの明るい笑顔で楽しい時間を作ってくれた清水さんには、萩本欽一さんや、佐藤B作さんなど、素晴らしい仲間がいたことと思います。その清水さんが、お母さんの介護の疲れのために亡くなったのではないかと推察されています。

やはり我が身になって考えてみれば、介護というのは口で言うほど楽ではありません。本当に大変なことなのです。お年寄りがご病気だったり、お体が悪かったり、ご自分で動けなかったりすれば、24時間誰かが面倒を見ていかなければなりません。その介護をする人は、自分のお仕事を放棄しなければならなくなります。そして、介護につきっきりになります。無論、介護をする人のプライベートな時間などはありません。
私は、この介護に疲れてしまって、心も身体も何もかもボロボロになってしまった人が、たくさんいらっしゃると思います。想像を絶するぐらい大勢の方がご苦労していらっしゃると思います。その疲れのために自殺をしてしまうということは、大いに有り得ると私は思います。

清水さんの昔からの俳優仲間や、歌の仲間が、「ダメだよ死んじゃ、死んじゃダメなんだよ」と悲痛な声で叫んでいらっしゃいました。しかしここで、もう一歩考えなければいけないことがあります。
警察庁によると、日本で1年間に自殺する人は3万2000人もいるのです。つまり、1日に82〜83人が、自らの尊い命を絶っていくのです。その亡くなっていく方の苦しみを誰がわかるのでしょうか。

私は以前のブログで、「自殺なんて考えてはいけない、そんな気持ちがあったなら、とりあえず私に相談にいらっしゃい」と書きました。私はもう、70という年齢に達しております。私は私なりに、ずっとこの仏教の世界で頑張ってまいりました。しかし、死んではいけないと私がどれだけ叫んでも、本人たちが私の言うことに耳を傾けなかったら、それは全くの無駄です。事実、私のところへは一人も訪ねていらっしゃいませんでした。
確かに「私死にたいんです、自殺したいんです」と、わざわざお話に来る人はいらっしゃらないかもしれません。私が思うには、悲しいことや苦しいことは人には話さず、むしろ隠すようにしているのかもしれません。人の前では笑顔を作って、さも楽しく頑張ってやっていますよというような顔をしながら、苦しみや悲しみを全部自分の胸の中にしまい込んでしまっているのではないでしょうか。
よく「話せば楽になる」という話がされますが、話すことで人に迷惑を掛けたくないとか、人に弱みを見せたくないといった気持ちが、ふと出てくるのかもしれません。「死ぬんだったら人間何でもできる」という人がいます。しかし苦しんでいる最中に、そういう気持ちを持つことはできないのかもしれません。鬱的になりますし、大きな大きなマイナス思考になっていってしまいます。どんなに頑張っても、何をやっても駄目なような気持ちになってきます。そのような状況では確かに、人に話したからといって、どうにかなるという問題ではないでしょう。しかし、人の命というものは、本当に尊いものです。かけがえのないものです。

この介護という問題は、今の世の中に大きな問題を投げかけていますが、直接自分の身の回りに介護の問題が出ていなければ、あまり感じないことなのかもしれません。しかし、人間には必ず死が訪れます。それは自分だけではなくて、自分の家族にも、そういう問題が100%出てくるわけです。今の状況を見ていますと、介護の問題は日に日にますます増えていくわけです。そして、それに直面する苦しみが日本の皆に襲ってくるわけです。何でもかんでも一人で解決しよう、苦労も何もかも一人で背負おう、それはできないのですし、してはいけないことです。なぜならば、そうすると必ず大きな苦しみや、大きな問題が押し寄せて来るからです。
人間の一生というのは、ある時期が来たら家族や両親を、ただひたすら介護していくためにあるのでしょうか。当然自分の身内ですし、両親ならばなおさらのこと、介護をするということは当然です。でも考えてください。それだけで人間は救われていくのでしょうか。そうではないと私は思います。
例えばの話ですが、自分とお友達で10人ぐらいの輪を作って、自分はそのお友達の身内なり親なりの介護のために、忙しい中でも色々やり繰りして時間を作る、そしてお友達もあなたを助けるために、同じように時間を作って、あなたに3日4日に1度の自由な時間を提供してくれる、というように、みんなで励まし合って、頑張ろうという言葉で乗り切っていくしか、私は方法はないと思います。やはり日本人は、今もう一度手を繋いで仲良く団結して、共にひとつのチェーンのようなものを作らなければ、今この色々な問題のある世の中を渡りきることはできないと私は思います。
日本は悲しい国ですね。明るさがないのです。希望がないのです。連帯がないのです。人と人とで顔を見合わせながら、やろう、頑張ろう、そういう会話がないのです。全部人ごとです。全部よそ事です。
仏? そんなものは知らない。
神様? そんなのは知らない、どうでもいい。
そんな人ばっかりになりました。全部利己主義になりました。
でも昔から、みんなで助け合ってきたのが日本人ではないでしょうか。そうしてみんなで固まっていけば、解決できる方法は必ず見出されるものです。

清水さんと親交があった色々な人がコメントをしています。そのお気持ちは良くわかります。清水さんのお友達やお知り合いだったら、もし清水さんが「こんなことで苦しんでます、どうしたらいいですか」と、相談を持って飛び込んでくれば、大きな心を持って迎えてあげたかっただろうと思います。そして清水さんの苦しみや、疲れや、嘆きに、気づいてあげたかっただろうと思います。
私は以前のブログに書きました。自殺ということを考えているなら、とにかくまず止めて、1回私と話し合いましょうと、一生懸命ブログに書きました。そして待っていました。しかし、1人もいらっしゃいませんでした。それは単に自分の苦しみを隠しているのか、言いたくないのか、または私を信用できなくて、相談に来なかったのか、私にはわかりません。しかしいずれにせよ、これで私は皆さんに対して、そういうことはもう言えなくなってしまったのです。待っていても来ない人は、救いようがありません。ただただ、人の死というものを悲しむだけの時間になってしまいました。
心より清水さんのご冥福を祈ります。近々冨士霊園のあなたが倒れた場所へ、私は一人で訪ねて行きたいと思っています。何かあなたが気が付くようなものを持って、冨士霊園を訪ねてみたいと思っています。
今日はここまでにしておきます。