真信修行法
私は今日から少しずつ、私のブログを読んで下さる皆さんに対して、今まで皆さんが絶対に見ることのなかったご本を紹介いたします。それは「真信修行法」という本でございまして、私が過去に書いた、修行をするための本でございます。
私はかつて時間をかけてこの本を仕上げました。今になって私も読み返しております。やはりこういう大事な本というものは、その中に書いてあります文章に、昔とか今とかいう隔たりは無く、今でも大変大事な文章でございます。今日ご紹介するこの本には、人間が生きている以上は、こういうものに遭遇するということが書いてございます。やはりこれは例え1行でも皆さんの心の中にしまっていただきたいと思う本でございます。
長い文ですと、人間飽きてしまいます。そして、わからないとやめてしまいます。それも全部煩悩ですけれども、少しずつ覚えていくことが大事ですし、少しずつ自分の中に取り入れていくことも大事でございます。そのために、今日からこの文章を、少しずつ書いていきたいと思っております。文章は私の本から取りましたそのままの文でございますので、読み苦しかったらお許し頂きたいと、そう思うわけでございます。

因縁
十二因縁
真信修行法を修行する者は、この十二因縁を完全に習得しなければなりません。苦の根元は何であろうと考えますと、言うまでもなく煩悩であります。故に煩悩を除くのが先決問題となりますが、では煩悩は何から起こるのかと考えてみなければなりません。それは「無明」であるからだと、知ることになるのです。
「現在の果を見て、過去の因を知り、現在の因を見て、未来の果が知れる」と言われています。


物事の原因。「蒔かない種は生えない」の「理」である。原因が無くては何事も起こるものではない。
因に対して縁を立てて「因縁」と言うが、因は結果を生じる内的な直接原因であり、「縁」は外からそれを助ける間接原因であり、たとえば、「果」として稲が生じる種子が因であるのに対して、地や水は縁である。