怒ってますこのところ「私、怒ってます」ということでブログを出しています。先日も書きましたが、やはり言葉遣いが本当に随分変わりました。
大体、言葉の中に品のある会話が無くなりました。今の若い人は、「品」があるということはわかるでしょうけれども、「粋」であるなんていうことは絶対にわからないと思います。「粋」であるということは大事な言葉なのです。
やはり言葉の中に、上品さというのはある程度必要なのではないでしょうか。上品ぶるということとは違いますが、「品」があるということは大事だと私は申し上げたいのです。

女性同士でも、大体パターンがあるようですね。それは女性が必ず聞く、話す、そういう言葉の中にパターンがあるのです。
あるお2人のご婦人が、ある日ある時にバッタリ道で会ったとします。

A「あらBさんいい洋服着てるわねー。カワイイー。それどこで買ったの?」
B「うん、この間六本木のほうで買ったの」
A「六本木の何ていう店?」
B「○○よ」
A「ねえねえいくら?」
B「どうして?」
A「いやいくらなの?いくらしたの?教えて」

一番最初に必ず聞くのが「いくら?」です。その次は「どこで買ったの?」そして「誰と一緒に行ったの?ねえ誰?」
このように、人の私生活をあれこれ聞きたがるのが今流行っていますね。何でもかんでも、関係ないことまでほじくり出して聞こうというのです。これが今、会話に品が無くなったという良い例です。そして会話に余裕がないですね。
よくコメンテーターが「生活がにじみ出る」なんていうことを言っています。これが良い意味なのか悪い意味なのかは、その場によるでしょうけれども、こういう会話には、生活がにじみ出るというよりも、何かその人が持っている浅はかさや教養のなさが出てしまうのですね。これは困ったものです。
私も最近、30歳ぐらいの男の子とこういう会話をいたしました。

私「君はそのことについて、どう考えているの?」
男「はい、今考え中です」
私「ああそうなの。でもお母さんは何て言っているの?」
男「いや、母は○○とおっしゃいました」

このように、会話をする上で大事なルールが守られておりませんし、知らない人がいっぱいいます。皆さんには言うまでもないことだと思いますが、お母さんがお話しなさったことに、子供であるその男の子が「おっしゃいました」という敬語を使うのです。でもそれは「母は○○と言っておりました」とか「母は○○と申しておりました」と言うのが、一般生活の中での大事なルールです。自分の母が「おっしゃいました」とは言いません。ですから、普段勉強をしたり、会話をきちんとしたりといった普段の行いが、いかに大事かということを、私は痛切に感じます。
私は「最近何か買ったの?」と言われても、「買い物行ったの?」と聞かれても、もうなるべく答えないようにしています。「どこへ行ったの?」「いくらだったの?」「誰と行ったの?」もう疲れました。会話の幅が狭くなってワンパターンになって、誰と話をしても大体同じです。もう本当に腹が立ちますね。
そして先日も私が書きましたように、何でも「カワイイー」で話を済ませるのです。先ほどの女性同士の会話もそうですが、「あら○○さんカワイイー」と言っていても、本当にカワイイかどうかはわかりませんし、それを追求したところで文句を言われかねませんので、そういうことについては話をしないことにします。
まだ怒っていることはいっぱいあるのです。一年中怒っていないといけないかもしれませんね。また怒った言葉については、お話しをしましょう。