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このブログを出すようになりまして、1年ぐらい日にちが経ちますが、私は大変良い勉強をしました。それまでわからなかった人間の本当の姿というものが、よくわかりました。もちろん、初めから人間というのはこういうものだということを、私はわかっていました。でも、その人間の本来の姿をわかっていても、私自身でそれを決して認めていなかったのです。

それはどういうことかと言いますと、人間にはあまりにも汚い面、打算な面、裏切りの面、色々な面がたくさんありますが、やはり本当の人間の姿はそうだという形を認めるということを、私はしたくなかったのです。別に人間に対する理想を、私が追いかけていたというわけではないのです。そんな理想を追いかけたって仕方がありません。ただ、横を向いて目の合った人が、そういった人間の汚い本当の姿を持っている人だと思うことは、やはり耐えられません。
例えが幼稚かもしれませんが、お花屋さんには綺麗なお花が一杯飾ってありますし、売っているわけです。そのお花屋さんに並んでいる花の種類によって、ああ、こういう季節になったな、春が来たな、または夏が来たな、そういう思いを感じることができると思います。しかし、お花屋さんの前を通った時に、花が全部真っ黒だったら、皆さんはどうしますか。もちろん、そんな花を買う人もいないし、その花を飾る人もいないでしょう。それは真っ黒だからです。そこに美しさとか、色とか、そういうものが存在していないということは、人間は耐えられないのです。やはり綺麗なものを見たいし触れたいし、また自分もそうでありたいと思うものです。私がその本当の人間の姿に気づいても、それを認めたくないと思うのは、そういうことだったのです。


結婚だってそうなのです。何秒に1組とか、何分に1組とか、結婚するとか離婚するとか、そういう発表が面白おかしく言われている時があります。
大体、女性は占いが好きですね。占いが好きだという理由は、実際に不安だからでしょう。占ったっていいんです。何をどう占おうと、それはその人の自由ですから構わないと思います。ただ、何でそんなに結婚ということに対して不安なのかと言えば、それは自信がないからだと私は思います。特に不安なのは、結婚ということ自体よりも、相手のことでしょう。女性ならば旦那さんになる人に対して、あの人で良いのかしらとか、男性は奥さんになる女性があの人でいいのかなと、色々な点から、ふと不安になったりするのでしょう。
お見合い結婚というのもあります。あれは私は笑ってしまいます。私の性格には合いません。あんなものは打算です。両家の釣り合いとか言いますが、ちょうど大体このぐらいで釣り合うんじゃないかとか、目方を量っているかのようです。釣り合うとは何が釣り合うのですか。財産ですか。それともお互いの学歴とか家系とか、そういうことでしょうか。例えば夫になる人が住んでいる家の大きさとか、庭の広さとか、くだらな過ぎるでしょう。そういう話に触れるだけで不愉快でしょう。
そんなお見合いには情熱なんか全くありません。素晴らしい煩悩だらけです。そこには除夜の鐘の一晩で足りないぐらいの煩悩が存在していますよ。それで歯が浮きすぎて全部歯が抜けてしまうようなお世辞を並べて結婚式を開いて、冷えた料理を食べて、持っていきたくないご祝儀を持っていって、ひどいときは新婚旅行から帰ってきた成田で離婚するというのが、やっぱりいるわけです。恋愛をして結婚ということなら、何も言うことはないのですが、お見合いで両家が釣り合うとか釣り合わないとかいう話で結婚すれば、そこに燃える愛とか、涙を流すような恋とか、情熱とか、そういうその人間らしい喜びも悲しみもありません。そういったお互いの打算で結婚していれば、それは成田で離婚ということもあるでしょう。

結婚と言えばもう一つ書いておきたいことがあるのですが、キリスト教を信仰していない一部の日本人が、どうして十字架の前で結婚式を挙げるのですか。なぜですか。仏教からキリスト教に改宗なさったのですか。それで外国の教会でイエスキリストの前で、打算の愛を誓うのでしょうか。

確かにこのブログを読んでいる方で、お見合いで結婚されてうまくいっている方も、私はいると思います。ですから悪く言っているのではありません。お見合いというのは恋愛と比べたら、やはりそこにはどうしても、打算というものが走るということを言っているのです。
渡辺淳一さんという恋愛小説を書く、大変ロマンチックな人がいます。その渡辺さんが言っている言葉にこんなのがあるのです。
「結婚は打算だ」
要するに、お見合いとか、そういうことは計算だろうと、打算だろうと、そう渡辺さんは言ってらっしゃいます。
そしてもう一つ言っていることは、私はその渡辺さんの言葉が好きなのですが
「不倫は純愛だ」
ということです。世の中には不倫なんていうのはいっぱいあります。江戸時代よりももっと昔からあることです。今の世の中では、不倫は悪いとか、道を外れているとか、外野が何かと色々うるさく言いますが、それは純愛には違いないのです。道を外れていようが何をしていようが、真剣に本当に美しく愛しているのです。だって打算があったら、不倫なんかしません。愛というのはそういうものなのです。だから渡辺さんはそうおっしゃるのです。

この結婚ということについては、占いがお好きな方もいらっしゃるでしょうけれども、やはり本当の愛というものを極めることが、結婚に対する美でしょうか。女性はよく「整形して美しくなろう」ということを言っていますが、外見の美容整形よりも、自分の心を綺麗にして下さい。打算とか計算とか煩悩とか、そういう汚いことはもうやめなさいと、本当に私はそう思います。

このブログはちょっと長くなってしまいました。言いたいことはいっぱいあったのですが、申し訳ございません。また1日2日置いて書きましょう。