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人生相談は、写真の「御霊示殿」で
一対一でのお話となります
昨日のお話の続きになりますが、瀬戸内寂聴さんと玄侑宗久さんの対談を掲載した本をもとにして、魂ということについてお話をしたいと思います。

まず魂が人の身体から出るというようなお話の前に、根本的に魂は存在するのかということですが、これは私が説明をするよりも、玄侑さんと瀬戸内さんとの対談の中でそのことがお話されていますので、その文章を引用して、お知らせしたいと思います。
玄侑アミダーバは無量光明、アミターユスは無量寿と訳されましたが、阿弥陀如来ですよね。仏教的浄土そのものという感じもしますね。死後に行くかもしれない世界を読者にも体験して欲しいと思ったんです。それでタイトルにつけました。
瀬戸内小説の中で、「人が死んだらエネルギーになる」という会話がありますね。私は数学や物理学に弱いものですからなかなかよくわからなくて、今日はそこを私にもわかるように説明していただきたいんです。
玄侑あれは早稲田で物理学をやっていた友達と一緒に夜中まで計算したんですけれども、基本にあるのは、「この宇宙の中のエネルギーの総量は一定だ」というアインシュタインの言葉なんです。例えば人が亡くなった瞬間に体重が何グラムか減るというんですね。
瀬戸内地球の総量のエネルギーの中には、生きている人間のエネルギーも入っているわけですか。E=mc^2という式なんですが。
玄侑入っているんです。アインシュタインによれば、質量というのもエネルギーの一種だっていうんです。
瀬戸内死んだら、その人の分が減るというわけですか。
玄侑亡くなっても遺体はあるわけですが、遺体になった瞬間に体の重さが何グラムか減るという測定を、アメリカの何軒かの病院でしているらしいんです。インターネットで調べますと、私が見た限りでは最高四十グラム減ったという報告があったんですが、一グラム減るだけでもそこに大変なエネルギーが生まれるんです。だって宇宙全体のエネルギーの総量が変わらないとすれば、どこかに、遺体から減った質量分のエネルギーが生まれていなくてはおかしいですよね。アインシュタインの式に当てはめて計算しますと、熱量にすれば十の十四乗ジュールという膨大な熱量が生まれるらしい。私も物理学専門じゃないんで、十の十四乗ジュールといいましても実感がわかないわけです。
瀬戸内今も私、まったく実感わきません(笑)。
玄侑それで実感をわかせるために考えたんです。たとえば二十五メートルプールの水をそのエネルギーで沸騰させるとしたら、どのぐらいの量を沸騰させられるのかと。そうしたら、五百二十九杯分を瞬時に沸騰させられるという計算が出てきたんです。一グラム減って生まれるエネルギーがそれだけあるということなんです。
瀬戸内つまり、人間が死んだ、一グラム減る、それでたくさんのプールのお水を沸騰させる力がある。
玄侑はい。ただ、亡くなったときにプールの水を沸騰させたって意味がないですから、同じエネルギーが熱になったり光になったり、あるいは運動エネルギーとか電気エネルギーとしても使えるわけですよね。例えば光ってみたいと思った場合ですね、東京ドームの広さを昼間の明るさに照らそうとしますと、昼夜ぶっ通しで十八日間大丈夫なんですね。あるいは、私は一気に光ってみたいという場合には、太陽の四百三十二倍の明るさです。
瀬戸内太陽の?
玄侑ええ。そういう明るさで光れるという、とてつもない数字なんですね。たとえば運動エネルギーにして富士山を持ち上げてみたいと思った場合、富士山の重さというのは比重を一定にしないと計算できないものですから調べるのに苦労したんですが、それでも富士山が十七ミリ持ち上がるという運動エネルギーに変えることができるんですね。
瀬戸内へえ。
玄侑人が亡くなった時に一グラム減っただけで、それだけのエネルギーが生まれるんです。例えば三十グラム減ったとしますと、その三十倍ですから。だからそんなエネルギーが生まれるとすれば、その人が亡くなる時に思い残しているようなことが実現できるんじゃないかと考えられますよね。遠くに行っている息子が心配で、そこにちょっと行ってくるというようなことも可能なんじゃないかと思ったんです。
(新潮社刊「あの世 この世」より引用)

このお話の中で「10の14乗ジュール」という話が出てきます。私も物理学は専門ではありませんが、調べたところによりますと、これは正確な数値は約90兆ジュール、つまり「9×10の13乗」ジュールだそうです。10の14乗ジュール=100兆ジュールですから少し誤差はありますが、いずれにせよ大きなエネルギーであることには変わりないと思います。
そしてこのお話の中で、死ぬときに重さが40グラム減るというお話が出てきますが、私の感覚ではそんなに重くはありません。いま世間で一般的な説として言われているのは、21グラムということのようです。これは90年ほど前にアメリカの医者が測定した数値だそうです。今はその当時よりも正確に測定できる技術があるでしょうし、何でも科学科学と言うのでしたら、是非こういうところから科学で魂を証明して欲しいと思うのですが、人権などの問題もありますから、難しいのかなとも思います。

昨日は人の身体から魂が出たり入ったりするというお話を書きましたが、出たり入ったりと言いましても、一度出たら、時間的に例えば10時間も20時間も帰ってこないときがあります。そして帰ってきて、また我が身の方へ入るときは、1ヶ月でもずっと定着して外へ全然出ない場合もあります。
これは非常にケースバイケースで難しいのですが、魂が出るということは、あまりほめられたことではありません。何か問題が発生するようなときには、体外へ出ると考えられれば良いのではないでしょうか。そう私は感じております。
この興味のある考え方と対談の内容は、時々掲載していきたいと思っております。一度に細かいことをたくさん書きますと混乱しますので、少しずつセーブしながら書いていきたいと思います。