人のために役に立っていこう、そして何かその人のためになることだったらば、頑張って尽くそうと思います。しかし、最近はすっかり世の中が変わってしまったのでしょうか。

先日も突然訪ねていらした人がいます。
たまたま私が本堂におりましたので、その方に玄関でお会いして、どちら様でいらっしゃいますかという話をしたのが始まりでした。そして、その方は私のところへいらっしゃるまでの、その方のご家族のことや、お子さんのことなどをお話しなさいました。私はそれを聞きまして、それは大変なことだと思いまして、そこから細かい話になっていったのです。
少し具体的に書けば、それはご病気のことでした。その人はどう対処したらいいかということを、大変困っていらっしゃいました。
私は医者ではありませんから、在り来たりのことしかわかりませんが、私の知っている限りのことでは、非常に珍しいご病気でしたから、専門の医者に診ていただくのが一番というお話をしました。そのご病気に関するエキスパートが必ずいますから、納得いくまで診てもらえばいいというお話をいたしました。そこで、私が知っている専門医にお会いになって、お話をよくお聞きになることを勧めました。
するとその人は「是非そうさせて下さい」ということなので、私はその専門医に連絡を取って事情を話し、診察していただけるかどうかを聞きました。そしてその専門医から、いつでもスタンバイをして下さるということで話を頂きました。それを私がその人に伝えますと「是非そうします」ということだったのですが、その後私のところには、全くご連絡が無くなりました。
もちろん、その方の電話番号も私は知っております。でも、先様から連絡がないのですから、わざわざ私から何か連絡をするようなこともできませんし、そのお子さんのご病気についての専門医をご紹介しただけで、話は終わっておりますから、それ以上何かを強制したりすることは、私もいたしません。

こういう話がありますと、人間とは今どういうことになっているのか、礼節や礼儀は全く無くなってしまったのではないかと考えてしまいます。こういった話は、とにかく本当に寂しいものです。この話とは全く別のお話ですが、ある人を介してお知り合いになった方に、「先日は有難うございました」というメールを出しましても、梨のつぶてということもありました。
やはり世の中は、完全に変わってしまったのです。昔は…といっても、どこまでが昔なのかはわかりませんが、まだ人間が礼儀正しく、礼節を知っていた頃と、今とでは本当に変わりました。理由も何もかもわかりません。自分勝手になり、必ず自分で何かの理由を付けて、何らかの弁解を持って、そして連絡をしなくなるのです。寂しい限りです。

人を信用できなくなるということは、人間にとっては大変苦痛なものです。世の中がすべて信じられなくなってくると、後は何も残りません。色々な世界や、色々な出会いがありますが、もはや人を信じられなくなってきたこの今の時代、これからはますますそういう人間関係が増えていくでしょう。本当に寂しい限りです。
何の理由もないのでしょうが、自分が中心になって物事を考え、人様にお返事をしなければいけないのに、知らぬ顔をして、もう連絡もせずに、そのまんまです。私は人間の礼節というものは、「心」だと思うのです。「心」です。それが大事なものではないでしょうか。
最近は寂しくて、何か儚いですね。今日は少し下向き加減でブログを書きました。