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私は1か月に2回、毎月第2と第4の日曜日の午後1時から、聖尊寺の本堂で儀式を行い、御力を与え、そして法話をし、人間が持っている不思議な力「超霊力」を、ご自分でも少しずつ出すことが可能なように、色々な教授をしております
法話でも座談でも、いらっしゃる皆さんから質問が出る場合があります。
「先生、地獄ってあるんですか?」
地獄はあるかないか、非常に単純なお話でございます。ところがここで考えなければならないことがあるのです。

日本には仏教もありますし、神様の教えもありますし、他にも色々な教えがあります。仏教だって宗派が分かれていて、もう本当に凄く沢山の教えがあります。その数が沢山あれば、同じ数だけ教義教論があるのです。そこには教育の一つとして、地獄とはこういうものだとか、ああいうものだという形で、地獄に関することが書いてあるでしょう。
表現の自由ですから、誰が何と言おうとそれは自由なのですが、私が「地獄ってあるんですか?」と聞かれましたら、私はこういう性格を持っていますからズバリと言います。

羅門どうして地獄があるか無いかを知りたいのですか
私は私なりに、地獄というところはやっぱり怖いところだと思っていますから、死んだ後にそういう所へは行きたくないと思うんです
羅門そうですか。それで地獄が良いところだったら、あなたは良いところであっても行きたくないですか(意地悪な質問ですね)
それは良いところだったら行きたいですよ。だけど一般論として地獄というところは怖いところだということは知っていますから、先生に聞きたいことは、本当に地獄はありますか、ということを知りたいだけです
羅門それではあなたにお聞きしましょう。あなたはどうしたら地獄へ行くと思いますか。それは悪いことをしたら地獄へ行くと言われてます。じゃあ極楽とか天国は、どういう人が行くんですか。それは良いことをした人、人のためになった人とか、そういう良いことをした人が天国とか極楽とか言われるところへ行くんだと思いますけれども、違いますか

こういった考え方は、色々なご宗派の考えの中に沢山の答えがありますから、決定的なことを言えるわけではありません。例えば仏教だけ考えても、宗派によって、極楽に対する考え方も、地獄に対する考え方も、みんな別々でバラバラです。それはそれぞれの考え方ですから、良いの悪いのということを私が言う必要もありませんし、また言えるわけもありませんし、実際言えません。
私が一番大事な、決定的なこととして言えるのは、やはり「聖霊界」での考え方です。「聖霊界」というところには、地獄という表現よりももっと怖く、恐ろしい場所があります。そういう場所があるということは、「聖霊界」の教義としてハッキリ言えます。ですから、「聖霊界」の中のそういう場所を一般的に地獄と言うならば、私はそれで良いと思います。それから「聖霊界」には、素晴らしい世界もありますが、それを極楽、または天国という言葉を使っても私は良いと思います。

私は「地獄はありますか?」と聞かれますと、逆に質問をしたくなるのです。

羅門あなたは地獄へ行きたいんですか?
いいえ私は行きたくありません。行かないような人生を歩むように生活していきたいと思ってます
羅門地獄へ行かないと自分で確信を持っているならば、地獄のことなんか知る必要が無いじゃないですか。嫌な世界のことを知る必要は無いじゃないですか。自分はそんなところへ行かないよ、また行く必要もないよ、という風に言い切る、それが大事なことでしょう
しかし先生、私はそんなことはなかなか人間は出来ないんじゃないかと思うんです。やっぱりどこかちょっとした悪いことをすることもあると思うんです

それは人間ですから、そういうことがあるかもしれません。しかしそれは悪いことの度合いの問題でしょう。例えば何かちょっと花を折ったら地獄へ行くという話は、聞いたことがありません。様々な教義教論や宗派によって、これは地獄へ行く、これは地獄へ行かないという度合いが、私はあると思っています。しかし基本的に、自分は地獄なんかは行かないよということを言い切れればいいのではないでしょうか。そう言い切れれば、地獄のことを知る必要も無いと私は思いますが、いかがでしょうか。

日本で言えば一億何千万という人がいますが、本当に悪いことをしたことの無い人なんて一人もいません。人間ならばそうでしょう。私だって悪いことをしました。道端でもう我慢できなくなって、他所様の家の塀におしっこをしたこともあります。
ところが、物には考え方があるのです。例えば、犬が道端でおしっこをしたら、誰が怒りますか。鹿がおしっこをしたら、誰がその鹿を追いかけて諫めるでしょうか。動物たちの本能的な問題に関しては、人間は寛容なもので、当たり前だと思っています。
人間には道徳的に考えて、こういう事は悪いことだ、これは良いことだというように、色々な事をきちんと区別するだけの知恵があるのです。そしてそれを元に、人間は心で動くようになっているのです。要するに「悪いこと」と言うのは、人間が人間として、こういう事はしてはいけない事だということをわかっている上で、その尺度の問題、度合いの問題で決まるのでしょう。

地獄はマイナス思考の人が気にする場所なのです。そんなに地獄のことが気になるのでしたら、きっと地獄へ行くことになるのでしょうね。それはきっと心配だからですね。
この話の続きはまたしましょう。