前回の引き続きです。

今日は連休の最後の日です。どこかへ遊びに行かれてこのブログをお読みになっている方も少ないとは思いますが、それは別としてお話をしておきたいと思います。
「社会調査情報研究グループ」のデータがあるのですが、大変大事なことが書いてありました。長く時間をかけますとみなさんも大変だと思いますので、今日は簡単に話をしておきたいと思います。

私の50年以上の感覚から、最近は日本人が信仰というものから離れてしまっているのではないかと考えることが多いのですが、それはどういうことかと言いますと、キリスト教は厳然としてきちんとした信仰を続けている方が多いのですが、日本の仏教ということに関しては、非常に日本人一人一人が勝手になってしまいました。勝手というのはご都合主義の信仰しかない、ということなのです。信仰していらっしゃるのかと思うと違うのです。例えば、お祭りというものがあります。町の神社などでお祭りがあると、町の人が行くわけですが、その日だけその神社を讃えるのであって、それが即ち日々の信仰ということではないわけです。以前から私が書いておりますように、お祭りもお正月の初詣もただのセレモニーであり、そのセレモニーが今の信仰の形ではないかと思いました。と同時に、そのセレモニーには皆が行くから行くのであって、実際にお参りするときに本当に心からお参りをしているのかということになるとはなはだ疑問であったわけです。きちんとしたかたちで、きちんとした精神で、自分の願いというものを、神社仏閣で仏様にお願いしているのか、はなはだ疑問だったわけです。こういった理由から、信仰度というものがだんだん薄れてきているのだろうと思っておりました。
また、後から今日は何があった、親戚が来るからとか、会社の都合があるからとか、具合が悪いからとか、いろいろな理由にかこつけて、お参りをしないときの方便というものも非常に多彩になってきましたし、言い訳も大変上手になりました。そういった日本人の様ををずっと統計的に考えますと、自分の信仰のために頑張って今日は行くのだ、今日はなにがなんでもお参りに行くのだ、という気持ちがだんだん薄れてきたのではないかと思っていました。実際に寂しい気持ちでいっぱいでした。
ともかく今は自由ですから私がとやかく言えないのですが、そう言った私の寂しさをひっくり返す結果が先頃の調査結果に出ておりました。社会調査情報センターが正式に数々のアンケートを採ったのですが、それによりますと
いままでの宗教にはかかわりなく、「宗教的な心」というものを、大切だと思いますか、それとも大切だとは思いませんか?
という問いに昨年の2008年の結果として、全体の69%の人が「宗教心は大切だ」と答えていらっしゃいました。反対に、「宗教心というものは大切ではない」という方も19%いらっしゃいました。この統計を見ますと、私が想像していたよりも宗教心を大切に思う人が大変多いのです。大勢の方が宗教心というものが大切である、と考えていらしたのです。この統計を見まして、本心からビックリいたしました。なんだったのだろう、いままでのこの日本人の信仰というものに対する流れは何だったのだろうと、頭の中が混乱いたしました。
この結果を見て思いましたのは、おそらく、一人で考えているときは宗教心というものは大事だと思っていらっしゃると思いますが、グループになるとそこに違う考えが表現されるのではないか、ということです。現実的には体面的な理由から、大切なことに関してはあまり心をさらけ出していないから、日本人は宗教心が薄い、と感じられたのではないか思ったのです。
人間の考えですから、一人で静かに考えなければ宗教心というものを大事だと答えられないのではないかと思うのです。もしそうならば、本当に日本人に宗教心があるならば、日本人はこれから救われていくな、これなら日本人は大丈夫だなと確信を持てます。やはり、そう思わなければ寂しいですからね。

この社会調査というところの結果は大変いい調査をしていると思います。いろいろなジャンルにおいて調査されておりますのでこれについて、是非私もいろいろと考えてみたいと思いますし、私どもの若いスタッフとも対話をしてみたいと思います。なぜなら私の考えだけではなく、若い人がこういった問題をどう捉えているのかを聞きたいと思うからです。また明日か、明後日に書きたいと思います。
どうか自分の中の宗教心をご確認いただきたいと思います。大事な心の問題です。