よくテレビまたは映画、色々なところで色々な場面において、色々な人間を見ることがあります。
何か自分にとって困った時、またはどうしていいかわからない時、そういう時に人間は、神頼みをするわけです。「苦しいときの神頼み」という諺では「神頼み」という言葉を使っていますが、そういう時に実際に頼む相手は、仏様でも、イエスキリストでも、アラーの神でも、どんな神様でも良いのでしょう。

そういうときに神頼みをするような人は、相手がキリストであろうと、弘法大師であろうと、何だって構わないのです。そんなにきちんとした信仰を持っているわけではありません。ただ自分が願っている欲を叶えるために、神頼みという形を取るだけですから、神頼みをする相手が何であるかということは、さほど大した問題ではないのです。そういう人は、そういう時だけ神仏に対して「よろしくお願いします」「どうか望みを叶えてください」ということを平気で言っていますが、私はそういう人は一切受け付けません。

人間は心の中のどこかに、少しでも綺麗なところがなければ駄目です。綺麗なところがあるから、健気に神仏を拝むのです。そうして「どうか願いを叶えてください」と祈る姿に、神仏が逆に打たれるわけです。そういう感激性を神仏が持つから、願いが叶えられていくのです。私は理屈っぽいことを言っているのではないのです。純真であって素直であってほしい、そういうことだけを一生懸命願っているのです。
また「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があります。諺としての形は良い言葉ですが、これも私から言わせれば、本当に人事を尽くしているのかと聞いてみたくなります。

人間の神仏に対する姿勢については、また後日お話をしたいと思いますけれども、今日私が言いたいことは、どうかもっと健気に、もっと神仏に対して自分を素直に表して頂きたいということです。そのために私は、インターネット会員におなりなさいということを言っているのです。別にそこで私がビジネス的なことを考えているとか、何か妙な利益を考えているなんていうことは全然ありません。
皆さんがお出かけになることが大変でしたら、インターネットで観音様にお参りすることができます。是非そうして頂きたいと思います。それから、その人だけの超霊力宝印が手に入るのですから、それをしっかり手で握って、大きな神仏の力を自分の手にして頂きたいと、私はそう思っているのです。
色々な情報、または予知、色々な特典があるインターネット会員になって、私とご縁を持ってお付き合いして頂きたいというのが、私の望みなのです。どうかおわかり頂きたいと思っております。
また続きを書きます。その時にまたよろしくお読み下さい。