前回は、返事についてということと、基本がきちんとしていなければ良い運は来ないというお話しをしました。
最近この「良い運をつかむ」ということでブログを書いていますが、それに対して私が思ったことは、例えば読む人が直接的に、ああそうだなと感銘を受ける、共鳴を受けるような話ならば、読んでみようかなと思うようなのですが、今書いていることのように、運をつかむにはこれだけの常識とか礼儀とか色々なことが必要なんだという話になると、もう嫌になってしまうようだ、ということです。

「そういうものにとらわれたくない」とか、「そんな話は聞きたくもない」とか思うのでしょうか。こういった真面目な話の方が絶対に必要な話なのですが、そうなるとブログを読まれる人数が、ガーンと減ってしまうのです。それはなぜかと考えますと、興味がないのでしょう。面白くもないのでしょう。そしてそれを自分が読んでしまったら、それを守らなきゃまずいのかな、だったら読まなくたっていいや、という風になっているのでしょう。つまり全部否定的になってマイナス思考になって、考え方が破れかぶれになっているのです。

礼儀のことは前にも書きましたが、例えば、人様から自分のために何かをして頂いたときに、次の日なら次の日に、「昨日はありがとうございました」という電話を入れる人が少なくなりました。もちろん、きちんとする人はきちんとしています。でも、そういうことをしないのが今では新しい礼儀になっているのかと、逆に考えてしまうぐらいです。
もちろん、何かをしてあげた側の人が、そういう礼儀を相手に求めるのはおかしいですが、人様に何かをしていただいた時に、それに対して「ありがとうございました」という気持ちが無いような人は、もうハッキリ言って良い運なんて無縁ではないでしょうか。「自分には良い運がない」とか普段から言っている人は、そのように生活していらっしゃるのではないでしょうか。
ですから、良い運を取る人、良い運をつかむ人というのは、結局は決まっているのです。それは私が今まで書いてきた、礼儀、厳しさ、優しさ、感謝、清潔、縁を大切にするとか、浄化の問題、指導の問題、いろいろなことがあります。
先日のブログで、指導ということについて書きました。それをお教えしても、その文章を読んだ人は数人です。残念なことですけれども、良い運をつかもうと思っている人は、それだけしかいないと考えざるを得ませんね。でも、本当に良い運をつかんで良い人生を歩みたいと思っていらっしゃる方は、私の言うことを聞いて、ちゃんと実行して下さいね。
自分の用事がある時だけ連絡をするとか、何か自分に都合が悪いことがある時だけ電話をするとか、そんな人間の付き合いの中では、絆はゼロになります。絆がないところに、良い運は絶対に来ません。絆というものは、人間と人間のリズムを作るものです。どうかそれがいかに大事かを認識していただきたいと思います。
また続けていきます。