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良い運をつかむにはどうしたら良いかということについて、今までに大事なことをいくつか取り上げて書いてみましたけれども、実際にそれを実行するかしないかは、皆さんの自分の意志でお決めになったらいいと私は思います。

今、日本は大変なことになっているのです。それは何かおわかりでしょうか。
皆さんは全然それに気づいていないのですが、本当に大変なことなのです。

それはどういうことかと言いますと、日本人はとうとう信仰を持たなくなったという結論が出始めております。日本人は大半が無宗教であるという結果が出てまいりました。

もちろん、原因は皆さんもご存じのオウム真理教にあったわけです。私はあのオウムについては、宗教とは思っておりません。単なるテロの集団であったと私は思っています。また、そう思っていらっしゃる方も大勢いらっしゃると思います。ですから、オウムが起こしたあのような犯罪を、すぐ信仰や宗教が悪いという結論に繋げてしまうということは、私はとてつもない罪だと思います。
信仰とか宗教とかいうことは、真理の追究です。私もこの道で生きていますから、どうしても精神的に色々と考えます。でも、日本全体が無神論者ばかりになってしまって、多くの人にとって信仰や宗教が煩わしくなってきて、いらないとまでハッキリ言うようでは、私もそれならそれで対応していかなければなりません。

地球上には日本人だけが生きているわけではないのです。これはしっかり皆さんが頭の中に叩き込んでほしいと思います。
まず、日本人はどのぐらい信仰を持っているかということについて考えてみたいと思います。
昨年、読売新聞で宗教に関する世論調査をしたのですが、その時の新聞紙面の切り抜きが残っておりましたので紹介しますと
宗教を信じているかどうかを聞いたところ、「信じている」は26%で、「信じていない」の72%が大きく上回った。年代別では「信じている」は20歳代が最低の14%で、最高は70歳以上の41%だった。
1979年7月以降計10回の調査で「信じている」はいずれも少数だ。地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件後の95年6月には過去最低の20%を記録した。その後は徐々に回復傾向にあるが、3割を切る低い水準にとどまっている。

つまりオウムの事件で、宗教に対して日本人が警戒心を持ったのですね。それは事実そうだと思います。どうして警戒心を持つのか、それは宗教という形を取りながら、実は殺人集団であったということならば、誰だって警戒心を持つでしょう。オウムがしていたことは、信仰とか宗教とかいう問題ではなくて、テロだったということがわかっていても、オウム真理教が宗教教団だったとなると、やはり宗教と繋げてしまうということになるのでしょう。そうすると、きちんと信仰をして真面目に正道を歩いていても、殺人者扱いなのでしょう。ですから、いくら信仰の道を一生懸命歩いても阻害されてしまうのでしょう。

ここで考えなければいけないことは、日本は世界と比べてどのぐらい信仰心を持っているかということです。
2004年にイギリスのBBCが、10か国を対象に行った調査によりますと、「私は常に神を信じてきた」という人の割合が、ナイジェリア、インドネシア、レバノン、インドで9割を超えているのです。メキシコでは8割以上、アメリカとイスラエルでも7割以上の人が、常に神を信じていると言っているのです。「今は神を信じているが、以前は信じていなかった」とか「昔は信じていたが、今はもう信じていない」とか「今まで一度も神を信じたことがない」などという選択肢もあるのですが、それらの割合はどの国でも多くて2割程度で、あまり多くありません。

そしてこれは私が以前のブログで紹介した調査ですが、「神の存在に対する各国国民の見方」を、世界55か国について調査したところ、神の存在を信じる人が90%以上いる国は24か国で、国民の50%から90%が神を信じている国が26か国あるのです。残り5か国が、神の存在を信じる人が国民の半分以下なのですが、この5か国の中に、日本が入っています。
こうして考えますと、日本人は世界的にも信仰を持っていないと思えてきます。こうして調査による数字が出てしまうと、事実と受け止めるしか仕方がないですね。ですから日本人は皆これから、信仰しない、無宗教という道を歩いていくのでしょう。しかし、それでも私は、日本人のうち1%でも、信仰をしっかり持っていらっしゃる限りは、私は頑張って色々とお教えしていきたいと思うのです。

今まで、日本人には信仰心がないという話をしてきましたが、ここでどうしても割り切れない話があります。
皆さん京成電車はご存じですね。東京の上野から成田へ行く電車です。これは元々、成田山へお参りに行く人を運ぶために作られたのです。そして成田山へお参りをする人は、1年間に1300万人に達するそうです。1300万人というのは凄い数だと思いますが、世界の宗教施設を見ましても、年間に1000万人を越える人間が集まるような所は、他にどこにも無いのです。それでいて日本は、世界有数の信仰心のない国なのです。これがおかしいのです。1カ所には人が集まるのです。普段は信仰しませんと言っている人も、成田山にはゾロゾロと行っているという現実があるのです。

日本の国というのが信仰を持たない国であると、世界から思われていることは事実です。読売新聞の調査では、25%ぐらいが信仰を持っているとありますが、私の実感で言えば、100人に1人もいないと思っております。実際には信仰心があやふやで、ご都合主義です。自分の都合が良いときだけは信仰心を持っている顔をして、都合が悪いと横を向いております。これはよく考えなければいけないことです。
しかし私の立場で言えば、人間は信仰を持たなかったら、ではどうやって生きていくんだろうと、非常に大きな疑問が生まれます。やはり人間は、人生を歩いていくためには、道を知らなければいけません。人間は真っ暗闇では歩けないのです。それでも信仰を持たないで真っ暗な道を歩くことを決心していらっしゃる方がいれば、それは仕方がないと私は思います。ただ、100人のうちのたった1人、日本で1%の人しかいなくても、その人たちのために、やはり何らかの頼るもの、目安にするもの、ちょっとしたことでも良いから道しるべになるものを、私は作ってあげたいと思っています。それはこの世の中に生きていながら受けることのできる託宣だと考えて頂ければ、私が頑張る意味がわかっていただけるかと思います。
これについては、またお話しを進めたいと思っています。