羅門聖霊界霊鑑託宣
 1月31日
御守護仏
文殊日
水

1月31日『水』
文殊日
水という言葉が託宣に出て来たということは非常に意味合いが深いことです。人間が生きている以上、この身体すべてが水だと思ってもおかしくないわけです。生物学などでは、人間は海から、つまり水から生まれてきたというようなこともよく言われます。とにかく、水というものは人間と切っても切れない縁があるわけです。そして、水がなければ人間は存在していません。そして言葉においても色々な表現があります。例えば何か割り切れないことがあったり、揉め事があったりすると「水を差す」という言葉を使います。また、人間の情を悪く言う場合には「水くさい」という言葉も使います。とにかく、ありとあらゆる所に水という言葉を使うぐらい、水ということの範囲が広いのです。水というものはやはり美しいものですし、その受け止め方、考え方、そして水というものをどう扱っているのか、どういうところで水というものを応用するのか、そういうことが非常に大事だということの託宣でしょう。水というものは疎かにできません。そして、自分の身体すべてが水だということをもう一度考えてみて、自分を大事にすると同時に、水を大事にする、そして生物をはじめ、色々なものが水によって成長していくのだというように哲学的に考える必要があるという託宣ではないでしょうか。
落とし穴

【落とし穴】

〔深く考えない態度を取ると孤立する〕

文殊日

【文殊日】の解説

「三人寄れば文殊の智慧」という言葉がありますように、現世の人間が生きていく上で、数々の苦難に遭うことがあっても、文殊菩薩は人生の智慧を授け与えます。ここに祈りて、人生安泰の智慧を授けられることが大切です。

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