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maniguruma
聖尊寺の摩尼車羅門先生のブログをお読みの皆さんには、いつも感謝しております。皆さんが愛読して下さることを、大変嬉しく思っております。
今日は羅門先生にお話をして頂くために、スタッフから質問を致します。私たちスタッフは、皆さんと共に幸せになりたいと真剣に考えています。ですから僭越かもしれませんが、ブログをお読みの皆さんに成り代わったつもりで質問をいたします。この私たちの質問と羅門先生のご回答を読まれた皆さんも、幸せに向けて真剣に考えられて、真剣に行動されれば、私たちの質問も決して無駄にならないと思いますので、今日はそれを踏まえて羅門先生に質問をさせていただきました。

【質問】
これから私がブログをお読みの皆さんに成り代わってといいますか、真剣に羅門先生にご質問をいたします。先生、今日はよろしくお願いいたします。


【羅門】
はい、わかりました。質問の数々、頭の中で整理してきましたか。

【質問】
はい、整理してきました。
先生は先日のブログで、摩尼車について書かれていましたが、私も摩尼車のことをもっともっと理解しなければいけないと考え、今日は先生にご質問いたします。
この摩尼車というのは、日本人の私たちにとって、どのような功徳があるのか教えて下さい。


【羅門】
はい、摩尼車は日本人だけということでなく、人間みんなに功徳があるのです。
この摩尼車というのは、チベット仏教での信仰の形です。しかしこれは、全世界の人々に通用していくものです。とにもかくにも、強い御力があるのです。
そのチベット仏教では、ダライラマという人が聖観世音菩薩の生まれ変わり、要するに化身であるとされていることを私は知っておりますし、その通りです。今はダライラマ14世とされて、この御力は大変強いものです。世の中には伝説という言葉があります。伝説というものは仮に本当のことであっても、何々伝説と言われるとみんな軽く考えるかもしれませんが、伝説というのは一つの形であって、これはもの凄い伝え方をされてきた本当の話で、真実であります。
この摩尼車は、私はある意味において、人間を救済するひとつの手段であると思います。救済というと少し語弊があるかもしれませんが、それはなぜかと言いますと、やはり仏教を信仰していく上において、経典を読まなければなりませんし、また信仰のためには読むべきです。経典には、それぞれの真実が書かれていますから、それを読んで勉強する、というよりも、唱えることによって人間は功徳を得るわけです。
ところが人間は、なかなか毎日きちんと経読できる性格は持っていません。怠ける時があるのです。怠けるのは本人の自由です。それをチベット仏教では「自由だから怠けても仕方ない」という言葉で流してしまうことはしませんでした。仏教を教える側、つまりダライラマの側から考えれば、それは経典はきちんと毎日読んで欲しい気持ちでしょう。しかし人間の性質として、それでは途切れてしまったり、断たれてしまったりするものです。それではいけませんから、摩尼車を回すと、どんな長文であろうが経典を読んだことになるということが、ダライラマの教えには存在しているわけです。それで、摩尼車を一回回すと経典を一回読んだことになる、という力を授けたのでしょう。そして、それをした場合には、本当に経読したと同じようにちゃんと功徳があり、ご利益があり、そして人間の罪障が消滅していく作用があることを、ダライラマは約束しているわけです。摩尼車は、記録に残っているだけで1600年以上の歴史を持つものです。その間に、どれだけたくさんの人々が功徳を得て、また利益を得たかわかりません。摩尼車には、それだけの歴史があるのです。ですから、それだけの力というものは、チベットだけではなく、仏教徒においては間違いなく存在すると信じております。それが摩尼車の力でございます。

【質問】
先生、摩尼車を回転させる時には、手で回すのですか。


【羅門】
それは手で回すのです。摩尼車の種類によって、横に回すものもあれば、縦に回すものもあります。それからぐるぐると振り子のように回す場合もあります。その方法は種々様々ですが、それは功徳に何ら関係がないわけです。どのような摩尼車でも、ちゃんと功徳はございます。そして摩尼車を回しますと、人間の知恵、要するに般若を集めて、それから人間の長所を集め、良い因縁も集め、そして逆に悪い因縁を浄化すると言われております。これも真実です。

【質問】
摩尼車を一回回すということがいかに大事なことかよくわかりました。
ところで先生、前回のブログで「摩尼車には非常に大きな功徳の秘密がある」と書かれていましたが、これについて教えていただけますか。


【羅門】
この秘密の功徳については、なぜこれが秘密かというと、あまり人様に何々と喋るものではないからです。静かに人間の心の中で思って、それを実行していけばよいことなのです。
では、その秘密の功徳をお教えしましょう。
人間の愛とか恋という問題に関しても、この縁を付ける、縁が結ばれる、縁が来る、そういう色々な人間関係のことにおいても大きな功徳がございます。これは摩尼車のひとつの思いやりと言いますか、粋な計らいと言いますか、そういう伝説が自然に生まれたのかもしれませんね。男女の間の縁を結ぶことにも、摩尼車の一回経読が凄く影響するわけです。
私は最近どうも世の中が信頼できないと思うのは、どこかの神宮で井戸の写真を撮ると、幸せが来るというような話が世の中に伝わっているそうです。私は、それはそういうことが口づてに言われるのは、ひとつの社会現象のようなものだと思っております。しかし私の考えで申し上げますと、その井戸にそういう力があるとは全く思っておりません。やはりこれは、社会に流れたひとつの物語でしょう。
でも、ダライラマの場合は違います。これは物語ではなく、御力の問題です。
摩尼車とは、人を救済するものです。そして、この摩尼車は私どもの本堂にあります。そして、その摩尼車が回っている時に、例えばインスタントカメラでも良いですし、携帯電話のカメラでも良いですから、きちんと写真をお撮りになって、それを自分で持っていることが、この摩尼車によって幸福になれる秘密の最たるものであるということを忘れないで頂きたいのです。これは伝説と言われても別に構いません。伝説ならそれでいいのです。でも、事実良いことがいっぱいあれば、幸せが来れば、それで良いではありませんか。
努力というものは人間を幸せにするものです。一回摩尼車を回して、大事な経典を一回経読するという、その功徳をしっかり体感して頂きたいと思います。そして、自分の力で回したその摩尼車が回っているときに、携帯電話でも普通のインスタントカメラでも良いですから、写真をお撮りになって、その写真を持つということが、決定的な秘密なのです。それが聖尊寺にあるわけです。
是非お出かけ下さい。