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「土用の丑の日」、うなぎは食べましたか? に参加中!
ここのところ「人生の中のサスペンス」として文章を書いていますが、私は、人間は最近、感情の反応が無くなったと思っています。これについても、サスペンスとして考えて良いと思っています。

特に残念なことは、食生活において、味覚障害に侵されているのではないかと心配するぐらい、おいしいもの、うまいもの、そういうものがわからなくなってきました。
例えば夏になって、2〜3日前でも「もう土用の丑だから、おいしい鰻でも食べたいね」と、そういう言葉の表現でもあればいいのですが、そういうことは何も言いません。「あそこの鰻が美味しいよね」とか、そういう感覚はもう日本人の中には全然ありません。
それから暑い夏に、冷たいそうめんや冷や麦などを召し上がるのも、私は大変当たり前で良いものだと思いますが、その冷や麦一つ、そうめん一つ、冷たいうどん一つ、みんなこだわらなくなりました。コンビニで売っていようと、どこで売っていようと、メーカーがどこであろうと、とにかく有ればいいという感覚で、そういう物を食べています。美味しいもまずいも全くありません。一番大きな問題は値段でしょうね。
要するに、そういう食べ物の世界でも風情がなくなってしまったということです。例えば、風鈴の音が夏は涼しげに聞こえるのですが、現代の人は風鈴の音はうるさいと感じるのでしょう。そのぐらい日本人は変わったのでしょう。
そういう状態になったのも、本当に人間生活がサスペンスになったのだと、私はそう思います。人間はだんだん、だらしなくなってきました。もちろん、仏教のことなんかも何も考えなくなってきました。
これから先、日本は、日本人は、非常に危機感が増してまいりました。あくまでも日本人はです。中国、韓国、フィリピン、台湾、そういうところの人々は別として、我々日本人は、政治のことにも興味は持っていても、視点がはっきりしません。わからないのです。政治が読めないのです。ですからこれもやはり、非常にサスペンスです。日本の政治がどうなっていくのか、訳がわからなくなっている今も、その政治をしているのは日本人だということです。
味も、人間の感情の機微も、何も分からなくなりました。人の言うことは聞かなくなりましたし、注意も疎かになりましたし、まるっきり知識も経験もないのに、自分が一番できるんだ、世の中で自分が優れているんだと思いこんで生きている人が、もの凄く多いということです。結婚もしない、願望もない、望みもない、要するに、普段人間らしい生活ということに関しては、何も感じなくなったのです。寂しい話です。
私はこういう時期が来たということが、本当にサスペンスだと思います。

今、富士山の良さを世界にアピールするために、富士山を世界遺産に登録しようとして、大変なキャンペーンをしています。しかし、これはおかしいのではないでしょうか。
世界遺産になろうとしている富士山の裾野に当たるところでは、自衛隊とアメリカ軍が、人殺しの練習をしているわけです。それが日本の防衛だとか、抑止力だとかいう政治的な問題を言いたいのではありません。文化的な心をもって、世界遺産に登録しようとしているのに、そこで大きな軍事的なことが行われていることを忘れて、知らん顔をして、一生懸命に世界遺産世界遺産と言っているということに対して私は言いたいのです。そういう場所が世界遺産になるわけがありません。人殺しの練習をしている場所を世界遺産に申請して、世界の誰が「もっともだ」「素晴らしい」と言いますか。戦争とは、人を殺すことです。その戦争の練習をしている場所を、どうか世界遺産にしてくださいと、日本の国民は今一生懸命運動をしています。それをどう考えますか。
実際に日本は、狂いに狂っています。自分の所には被害がなければ、何とも思わないのでしょうか。富士山の裾野で、大砲の音やら、ヘリコプターの音やら、そういうものが我々の日常生活に襲ってきますと、小さな可愛い犬まで、舌を長く出して、心臓が煽って怯える、そんな生活をしているのが今の日本人です。
皆さんにはよく考えて下さいと言いたいのですが、日本人は何も考えません。このまま知らぬ振りをして、自分に災害がなければそれで良いのでしょう。これこそ本当にサスペンスな日本人の生活だと思います。
私は今年の夏、自分個人で、大きな台風を注意したいと思っています。