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奇跡力羅門

東日本大震災発生のため、「奇跡力羅門」の連載は一時休稿しております。

はじめに


 幸せに生きようとしたら、まず『この世は苦悩に満ちている』という認識から出発しなければならない。ミレニアムであろうが、新世紀であろうが、人の世が続く限り、この世は果てしない苦悩の海なのである。
「幸せの方程式はないものでしょうか?」

 私の所に生き方の相談に来た老婦人がしみじみと私に語った。
「生まれた時から不幸だった」と語ったその婦人は、「もし、幸福に方程式があれば、それに幸福の条件を当てはめて、幸せな人生を生きてみたかった」と笑った。
 ある答えを得るために作られた方程式。その式の中には、『X』や『Y』という未知数や関数があり、そこに一定の条件(数)を当てはめると答えが出る。そんな風に『幸福』という答えが出る方程式がないものだろうかというのである。
 ずばり答えから言おう。そんな便利な方程式は人間世界には存在しない。そんな方程式があったら、この世には、宗教も、戦争も、富も貧苦も存在しないであろう。
 この世は、四方八方、苦と悲しみに満ちている。それが生きることの真理である。その『苦』や『悲しみ』を作り出しているのは他ならぬ人間であり、自分自身である。
 すなわち、「幸福の方程式」は、自分自身で作り出すしか方法がないのだ。それは、幸福は他者から与えられるものと思ってはいけないということでもある。幸福とは四角四面の方程式のようにはいかない。
「それではあまりに辛すぎますね」
 老婦人は首を振って呟いた。実際の年齢よりも深く刻まれたしわが彼女の歩んできた人生を物語っていた。
 《確かに幸福に方程式のようなものがあったら便利だろうな》と、その時ふと思った。
 老婦人の言葉に触発されて、『幸福の方程式』を作るに際しての、ヒントとなるような考え方はないだろうかと自問自答してみた。
 その一つが宗教(真理の集合体)であることは間違いはない。しかるに現実の宗教はどうであろうか?
 宗教はあまりに荒廃している。
 まさに世紀末、末法の世と呼ぶにふさわしい成り行きである。
 本来は幸福の方程式に当てはめる条件の一つであったはずの宗教なのに、方程式に当てはめてみたら、実は答えが『不幸』と出た。これではあまりにひどすぎる。現代、宗教が、人間世界を破壊し、混乱させている。
 例え自分自身でつくる幸福の方程式だとしても、そのヒントになるような考え方がないであろうか。と私は考えた。
 微力を承知しながら、その思いから執筆したのが本文である。
 過去に多数の人の人生相談に接し、お役に立った成功例も数多くある。私の拙い人助けのアドバイスによって、例え一時的にせよ、苦悩から脱出できたということは、アドバイスが、言わば幸福の方程式の体を成していたわけで、それが本書を執筆する主な素材となっている。また、そのような事実の一部は、エピソードとして引用させていただいた。不幸から這い上がった人のエピソードが、読者にとって生きる勇気となってくれれば筆者としてこの上ない幸いである。
 この世は例え悲嘆と絶望に満ちていても、幸福を求めて生き抜くところに、人間としての価値と、人生の真理がある。
 本文は、確かな生きる方向がつかめない人、迷いや病、そして苦しみの中で呻吟する人にぜひ、読んでいただきたいものである。

2011年(平成二十三年)
岩満羅門