聖尊殿堂 事務局でございます。

今日も皆さんからコメントを頂き、ありがとうございます。
羅門御聖祖からのお返事を掲載いたします。

《羅門御聖祖よりお返事を頂いた方のお名前》
こうさん
悠華ママさん
めいさん
五月女さん
yoshimiさん
ぶぅ〜ちゃんさん



こうさん
コメントを頂きまして、ありがとうございます。
私とまだ一度もお会いしていないのに、私にお尋ねになって、答えに近いことをお求めになって下さっていることには、私は大変感謝すると同時に、きちんとした文章を送りたいと思っております。

湧き上がってくるような怒りというのは、感情を抑えられずに、自分の考えの中に吹き上がってくるような怒りということだと思います。これはムラムラという場合もあるでしょうし、ジワジワという表現もあります。そういう憎しみとか怒りが、自分自身の中に蓄積していたり、湧き上がってきたりする場合には、非常に耐えられないのです。
自分が自分を嫌いになってしまう、そしてもう一人の自分が中にいるような気がするような、心理状態と言いますか、精神状態と言いますか、魂の動きなのでしょう。
要するに、自分の心の中には立派な意志というものがあります。そして、常識というものもあります。それから、心の動きというものもあります。そういう自分の感情が、相手に対してそぐわない、合わない、同意できない、そのような時に、あなたの考えと相手の行動とが噛み合わなければ、それが心に傷を付けるわけです。そして、何でこの人はこういう事をしているのだろう、言っているのだろうと、いらつく、精神が激しく動揺する、そういうようなことは人間にはあります。こうさんもそれだと思います。

あなたは病気なのでしょうかと書いてありますが、これは違いますから、まずそれを否定しておきます。
そしてお話しを続けます。
この感情が次から次へと出てくるということは、自分の満足感が得られないからです。あなたは人間の姿、常識、礼節、色々な物に対して、あなたの心に描いている形があるのです。その形にそぐわない場合には、自然に憎しみに変わってしまうのです。
そして逆にあなたは自分を責めるタイプなのです。自分のことを反省するタイプなのです。反省して自分を諫めるのですが、やはりまだ相手に対して怒りが出てくるのです。そのあたりで、あなたと相手とのバランスが崩れているということなのです。
そしてもう1つ、これは私の霊魂視ではありませんが、あなたは怒りとか憎しみとかいうのが湧き出ると書かれていますが、これは湧き出るのではなくて、あなたがそこへ逃げてしまうのです。何かあって自分の満足がいかないこと、自分の想像していることとそぐわないところへ来ると、あなたは怒りの方へ逃げてしまう、憎しみの方へ行ってしまうということです。
私はあなたに対してお世辞も何も言いませんが、あなたの心の中では、本当はもっと優しい気持ちを持っているのです。そして、正直に今あなたに感じることは、あなたは頭が良いのです。頭脳明晰なのです。
よく「先を読む」という言葉がございます。あなたはある程度読めるときがあるのです。ですから話をしなくても、相手の言葉が知らぬ間に耳に入ってくるだけでも、憤懣やるかたないという心が沸騰してくるわけです。これは、世の中の社会の低下と、魂の低下、人間の知識の低下、教養の低下、ありとあらゆるものが、あなたと全く違う方向で発達しているのです。そして、あなたのほうが普通の人、普通の考えを持っておられる常識人なのです。ですから、常識人ではない人に会うと、どうしても自然にそういう感情が出てくるのです。
ここで一番大事なことは、世の中が低下して、どんどん駄目な人間が多くなってきているということが、私は見て取れます。

いつもお話しをしていますように、私は宗教家の一員で、超霊力を持っております。そこには科学的な根拠も医学的な根拠もありません。ただ、これは宗教上の真理、心、意志、意識の問題ですから、何を言われても構いません。

自分を責めたり、反省することだけは、もうおやめなさい。
こうしてコメントを頂いたことは、私は大変強い縁があるのかなと思っております。
そしてあなたは正直ですね。今あなたの中で動いている感情が良くないことだということをご認識なさって、それを私に告白なさるということは、一種の懺悔です。懺悔ということはキリスト教にも存在することですが、これは自分をしっかり持っていないと、懺悔はできないものです。そして、懺悔というものの中には、自分自身で解決できない悩みが蓄積されていることが非常に多いのです。
ですから私は、こうしてコメントができる場所を開放して、皆さんに少しでもお役に立てばという、本当に小さな気持ちかもしれませんが、私は宗教家としてできる限りのことをやるべきだと思って、このようにしております。
こうさん、人間って一人で立っていますと、いつか疲れて倒れてしまうのです。それよりも、二人で座って体を楽にして、色々なことを話し合っていくことが、人間の一番良いスタイルだと思っております。
もしよろしければ、いつでもコメントを下さい。そして私はあなたに、ご指導を申し上げると言いますと大変生意気な言い方かもしれませんけれども、宗教家として、ここはこうですよということを、もっともっとお話ししていきたいですね。
とにもかくにも、怒れば怒るほど、憎しみを持てば持つほど、それは悪い意味の成長をしてしまうのです。膨れ上がるということです。それを自分で無視するような感覚をお持ちになったらどうでしょうか。
少し変えてみて下さい。これはいけないな、これはやめよう、いくら相手が悪くても、怒るのをやめよう、憎しみを持つのをやめようという心のブレーキになることをしてみて下さい。
そしてよろしければ、私のことを思い出して、現実にあなたの前で私が座っているような感覚を持って、その感情を抑えてみることをしてみて下さい。必ず良い方向が出てきます。
すぐとは言いません。徐々に階段を登っていくように感情が変化していきますから、是非そのようにして下さい。

個人情報は完全に守られますから、事務局の方へ送って下さい。生年月日とお名前とご住所、それからお写真があったら、何年前のでも結構です。ちょっとお顔が写っていれば、それで結構です。どうぞ送って下さい。
とにかくあなたを一度変えていきましょう。楽しくしましょう。それが目的です。幸せにならなきゃ、つまらないですよ。
どうかこの羅門にもっとぶつけてきて下さい。お待ちしております。

ゆうべは祈願行がありましたので、あなたのコメントにすぐお返事できなくて、大変恐縮でございます。ちょっとの間でも辛かったでしょう。本当に可愛そうに。でも、後は私にぶつけていらっしゃい。
何か今すぐそばへ行ってお話しをしたいという気持ちが出てきます。その日が来ると良いですね。
またコメントを下さいね。
羅門


悠華ママさん
コメントありがとうございました。
私が良くコメントで書きますように、政治というものは、嘘つき大会で優勝した人ばかりが集まって政治をしているのです。
実際に昨日の結果でも、総理大臣自身が、自分がずっと総理大臣でいる方法を一生懸命模索して、あのような意味不明な文章まで配布しているわけです。裏返しをすると、首相というその立場、役職は、ものすごく魅力のあるものなのです。それはもちろん、権力と金銭の問題です。
その上で国民がどうのこうのと言っても、結局はそういう政治に一票を投じた基本を作ったのは、日本の国民なのです。例えば誰一人民主党に投票しなかったら、民主党の存在は無かったということです。ですから国民が一生懸命、菅さんを育てたということになるのです。それが結論ですから、菅さんも強気なのです。
今その一票を引っ込めるわけにはいかないのです。被災地が全部置き去りにされています。全然考えていません。被災地は置き去り、政局は自分たちのことだけ、それだけが日本の政治です。
これでもう日本の猛烈な汚点を残して、それを世界に見せてしまいましたね。
悠華ママさん、またコメントを下さい。がっかりしてしまって、あまり書くこともないかと思いますけれども、どうも面白くないですね。
ただ、地震は細かいのが来ますから、本当に用心して下さい。最低限度の地震対策だけはしていて下さい。高いところに物を置いたり、倒れるような状態を放っておいたりすることはいけません。自分である程度は補修しておかなければ駄目ですよ。
またコメントを下さいね。
羅門


めいさん
コメントをありがとうございます。
この子供の教育のことについては、日本は外国との連携を持たなければいけないと思います。
と言いますのは、日本の教育の中に、先生の集まりだとか、日教組であるとか、色々な会がありますが、やはり真の子供の教育ということを考えなければいけません。その教育の中で、ある集団とか、組織とか、そういうことを中心に考えている場合には、子供の教育なんていうのは頭の中にありません。
めいさん、私が思うには、何事も全部政治的なのです。そして日本人は個々の力が弱いと、そういう政治的な組織の中に自分が入りたいのです。自分が入って、要するに弱さを隠すというのでしょうか。その組織の中の一員であることによって、人に対して強く見せるというような、そういう卑劣なことが色々あるのです。
どこの誰とも何とも言いませんが、本当に生まれたての、この世に出てきた神聖なる聖霊界の魂を持っている子供のことだけ考えていく教育がないということです。新鮮なる赤ちゃん、子供をも利用した大人の教育の世界があるということです。残念なことです。
私は宗教家の一員ですから、あまり政治に口を出すということは、仏教の教義教論の中には無いのですが、私もこの現代の空気を吸っている生き物としては、やはり政治というのは響いてきます。ですから、理想と言われたらそれっきりですが、一人の宗教人ではなく、ただ単なる人間として、今のこの世の中を変えていきたい、そういう形で日本を変えていきたいと思います。
めいさんはどう思っていらっしゃるでしょうか。
頑張りましょうね。子供のためには、日本は変えていかなければなりません。
またコメントを下さい。
羅門


五月女さん
インターネット会員にご登録いただいて、大変嬉しく思っております。
このインターネット会員という制度がどうしてあるかと言いますと、これは本当に私と結びついていく、私と縁をきちんと結んでいくということです。
それから、会員さんに大きな安心感を与えることができるという、私の自信があります。
些細なこと、どんなことでも、私のほうへ報告していただければ、それで大丈夫です。天災に関しては私の方ですぐご連絡いたします。社会情勢のことも何もかもオープンにできます。
ですから私も、あなたときちんと縁で結ばれているということに喜びを感じますし、五月女さんも、縁というものは本当に強くて確実だということが、良くおわかりになると思います。
超霊力、色々なスピリチュアルなもの、それから宇宙的なもの、聖霊界、そういうものを少しずつでもお勉強なさったら、色々わかってくると思います。
教義教論は人を護る、大事な鎧になるはずです。
五月女さんのコメントに、自転車を飛ばして軽やかに走っていったということが書いてあります。
私も本当に嬉しいですし、事務局の人間も皆喜んでおります。
ご縁というものは、本当に素晴らしいものですからね。
また京都の空気を私の方にも送って下さい。私も富士山の空気を送りたいと思います。
心から御礼申し上げます。またコメントを下さい。
羅門


yoshimiさん
コメントをありがとうございました。
あなたのコメントに書いてありますように、人間関係というものは、本当に凄まじいものなのです。
汚く悪く考えたくないのは人情です。でも実際、人間と人間がぶつかり合うと、本当にものすごい煩悩だらけなのです。
ですから、あなたがビックリするようなその会社の状態というのは、ごく普通だと思って良いのです。そういうものなのです。
私も色々な方とお会いしたり、お話しをしたりいたしますが、さすがに私のところでは、そんなにひどくはありません。yoshimiさんもわかっているとは思いますが、いくら会員さんといえども30%ぐらいは、我がままな人もいますし、自分勝手な人もいます。
ですから、そもそも人間というのはそういう生き物だと思わなければいけませんし、諦めるのではなく、割り切らなければいけません。あなたも経験してきたように、人間というものは本当に親子でも難しいのです。
あなたが会員になられてからの私とのご縁も、7年が経ちます。その間、私もずいぶんあなたに「それは駄目である」「こうしなさい」と叱っては来ました。注意もしてきました。しかし強い言葉では決して申し上げませんし、あなたを傷つけるようなことも言いません。
あなたは良く言えば非常に純粋ですが、悪い意味で言えば単純なのです。この単純というのは、世の中に揉まれていないという意味です。
確かにびっくりするような嫌なことに出くわしたこともあるでしょうけれども、それはやはりあなたが単純すぎるというところにも理由があるのです。ですから今後、「ああ人間の社会ってこういうものだな」ということが、どんどん出てくるかもしれません。でも、耐えるのです。知ることです。
しかし、その嫌な人間の中にあなたが入って染まってしまうのだけは、絶対にやめて下さい。染まるということは、一種の病気になってしまうことです。精神的な感覚の病気、考え方の病気、非常識な病気、そういうことになりますから、絶対に染まらないようにしてください。
どこまで頑張れるかな。私も見ていますよ。とにかく頑張らなければいけません。
あなたのコメントに、私の「喝」が必要だと書いてありますが、やっとわかったのかな。
本当に頑張って下さい。
私もまたお会いする時までに、方法を色々考えておきますから、ぜひ頑張って、頑張り通さなければ駄目ですよ。
本当にちょっと赤ちゃんっぽいですからね、頑張って下さい。
羅門


ぶぅ〜ちゃんさん
大変ユニークなお名前ですね。コメントを読ませていただきました。ありがとうございます。
自分探しの旅、とってもいい言葉ですね。
人間には何かロマンがなければいけないと、よく言われます。自分を探していく旅というのは、結局何か自分で納得するものを探す、また本来の自分を見つめる、そういうことを旅という表現をなさっているのだと思いますが、良いことです。
今の人間には、例えば10代は10代、30代は30代、50代は50代の旅があるのです。また、恋も10代の恋、20代の恋、30代の恋、全部違う恋なのです。そこには、人生の歩みという旅があるのです。その旅で得た自分の経験とか納得とか精神とか心とか、そういうものが自分の人生に大きな経験として、また勉強として、残っていくわけです。それを人生の過去というのでしょうか。
コメントの中に書いてありました、宗教というものは大変範囲が広いです。私も世界中にいる神と言われる人とか、仏と言われる人に、全員は会っておりません。
ただ、あなたのおっしゃるような薄っぺらい人もいます。また、難解でわからない人もいます。あなたもそういう宗教家の姿を見て、色々考えさせられることがあると思います。例えば巨大な宗教教団は、果てしもない巨大宗教ですから、大勢の人間がそこにいるわけです。ただみんな、いにしえの色々な繋がりがあってそこにいらっしゃるのでしょう。でも一番大事なことは、どこどこの教団とか、どこどこの神とか、どこどこの仏とかいうことではなく、あなたが納得することなのです。あなたがひとつの色を選ぶということです。
以前のブログにも私が書きましたが、例えば色鉛筆には、12色や、24色や、36色などの色鉛筆があるわけです。その色鉛筆の中で、どの色が自分に合っているのかなということすら、選ぶのは自分なのです。ですから、こうしてコメントを頂いただけでも、私は凄く感謝をします。私のどこかをわかっていただいたのだなと思います。私が何十年と苦労してきたこの道を、わかっていただける方が一人でも多くいらっしゃるということは、私にとっては嬉しいことです。私は感情の起伏も激しいです。ですからあなたのコメントに私は感激しています。嬉しいです。喜んでいます。

あなたにとってご不満なご宗教もあったとは思いますが、それはもう忘れましょう。なぜかと言いますと、それにこだわっても、もうそれは過ぎたことです。もうあなたも、そこからお離れになったのですから、もう忘れましょう。
ただこういう事だけは1つ言っておきます。その神道の宗教を、私は肯定するわけではありませんが、信心の世界では、やはり神社もお寺も、キリスト教も、全部維持費がかかるのです。ですから、維持していくためのお布施とか、ご浄財とか、そういうことは絶対に必要なんだろうと思います。ただ、その中身が問題ですよね。それも結局は、あなたがいいなと思わないと何もならないものですから、その選択の問題だと私は思います。これは決して良くない宗教に肩を入れるということではありません。ただ、そういう事情はあるのだろうということは推測が立ちます。

自分探しの旅は、もうすぐ第一幕が終わると思います。このコメントをお書きになっているあなたを、私は見ています。そうすると、あなたは色々な旅をなさって、色々なものを見て、決して焦ってはいませんけれども、急がなければならないこともあるはずなのです。
それはどういう事かというと、例えがおかしいかもしれませんが、どんなに立派な列車でも、線路がないと走れないのです。それと同じように、あなたは今、線路を求めていらっしゃいます。その線路は、曲がるかもしれませんし、ポイントがあるかもしれません。そして、その線路の走っているときにポイントがあったら、それを切り替えて、考え方を訂正していけばいいのです。ただ、自分が安心して前へ進める線路が必要なのですよね。よくわかります。
是非私を訪ねていらして下さい。いらっしゃる時には、私があなたに会えるように、スケジュールを組みますけれども、もしいらっしゃる日にちが決まったら、事務局の方へ連絡して下さい。是非お待ちしております。
本当に今日はコメントをありがとうございました。嬉しいですね。
私は非常に厳しいことを言うときもありますけれども、お気に障ったらお許し下さい。
どうか会える日がありますように、心待ちにしております。
重ねて申し上げます。本当に今日はありがとうございました。
羅門