羅門の独り言 激辛評論

久保田役員長
今日は以前からお願いしてございました、御聖祖様との対談形式のお話をしていただきたいと思っております。今日は2、3人の方との対談をしていただきたいと思っております。
私たちもまだまだ至りませんから、やはり御聖祖様にきちんと厳しく教えていただかないといけません。そして迷いがある時には、素直に御聖祖様にお聞きして、自分たちの進む道をご指示いただきたいと思っておりますので、今日はこのような時間をお願い申し上げました。
色々決め事をしてしまいますと、その人のイメージが出てきてしまいますが、様々な人間の本質を御聖祖様にお聞きしたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

それでは最初に、Aさんからご質問をどうぞ。

質問 私たちは、この今の日本の災害をどのように受け止めるべきか、どう考えるべきかを教えて下さい。

御聖祖
私は今まで、この立場で人様を色々とご指導してきました。しかし人間には「逆も真なり」という言葉があります。逆なことが正しくて、真のほうが逆だということがあるのです。要するに裏腹だということです。今までに何万年、何十万年という、人間の社会と言いますか、生き方、生活がそれだけあったのでしょうけれども、実際にその人間の歴史で、ハッキリ人間の生き方を唱えられるということは、あまり無いのです。
それと人間の記憶が、何でもかんでも「〜だろう」という言葉で済まされてしまうのです。例えば歴史でも、三千年前はこうであっただろうとか、古代的な文字が出てきても、これはこういう意味だと推察できるとか、結局全部「だろう」という言葉で片付けることが多いのです。
それはなぜかと言うと、やはり人間の歴史はまだ年数が経っていないということです。
例えばよくキリスト教で、天使がいるとか、悪魔がいるとかいうことを言われています。しかし、その天使も悪魔も元は同じなのです。それで、たまたま天使という立場になった、たまたま悪魔という立場になったというだけで、そんなに固定されたものではありません。そのように、人間自身がそんなにしっかりした考えは持っていないということです。
人間には寿命がありますし、虫にも動物にも植物にも、全部寿命というものがあるのです。その寿命の中で、すべてをわかっていくために、人間は色々な経験しなければいけないのです。そしてまた人間は今までに色々なことを経験してきたのですけれども、まだ足りないということでしょう。

それで哲学的に考えましても、今は何でも理論付けすることが好きになってきました。その人間の生き方が、結局何だかんだと言っても、現代主義なのです。現代主義というものが全てになっているわけです。結局、近代化です。これがやはり間違っていると私は思います。
と言いますのは、近代化と言ったらどこからどこまでが近代化なのか、どこまでが近代主義なのかということも、ハッキリわからないのです。しかし実際に今は、近代主義というのが我々の生活の中で動いている主観になっているわけです。そしてその近代主義の中で、この心の世界、要するに神の世界も仏の世界について、そこで論じられる大事な摂理論があっても、すべての人間が口にすることは「科学的な根拠がない」ということです。科学的根拠というのは、結局近代主義、現代主義なのでしょう。
ですから「科学的な根拠が無い」というその言葉を大事にして生活しているならば、それはその方のご自由ですが、科学的な根拠ということを言うなら、私は99%は科学的な根拠は無いのではないかと言えると思います。それは1〜2%は、科学の中から考えられてきた方程式もあり、科学の実験もあるでしょう。しかし心というものを、心の持ち方を科学的な根拠で示せということは飛んでもない話で、できるわけがありません。全然違うジャンルです。ですから近代主義で生きて、科学的な根拠だけで生きているのは大きな間違いです。では科学的な根拠で地震も示しなさい、そして津波の高さを予測したのは、科学的な根拠でしょう。ですから科学的な根拠があると断言した人たちが、津波にさらわれたのですよね。そしてその予測が違っていると、「見解の相違だ」とか、「想定外」とかいう、もう立派な弁解を用意して、また科学的な根拠と言い出すのですよね。私はそういうのは大嫌いです。
例えば植林だってそうです。あれだって結局は「山に木を植えましょう」「自然に優しく」「自然を大切にしましょう」というキャンペーンがどこでもかしこでも出てきますよね。これは大きな嘘です。自然に優しくしていただいているのは、人間ですよ。人間が自然をどうやって優しくするのですか。これは自惚れなのです。人間は、自然というものから自然の力を与えてもらって生きているのですよ。ですから人間が自然に優しくなんていうのは、思い上がりで、何でもかんでも科学科学と言って事を収めようとする人間の卑劣な考えです。
科学は大事なことです。でも私は、心というものは科学ではないと思っております。心というのは、人間の大事な大事な宝なのです。そのへんを良くわかっていただきたいと思います。

久保田役員長
ありがとうございました。
次回は会員さんのBさんからのご質問で始めます。