羅門の独り言 激辛評論

本日は、御聖祖様にお話をお伺いする機会がございましたので、私、久保田から質問をして、御聖祖様にお答えを頂きたいと思います。

【久保田役員長】
御聖祖様にお伺いをします。
最近、ブログのアクセス数が一時より激減いたしました。毎日2000とか3000あったアクセス数が、今は一日あたり220〜30になっております。これはどういう変化だと受け止めたらいいでしょうか。

【羅門】
これはやはり、今年の大事件である東北の地震と津波、それから放射能、この3つについて、人間の恐怖、そして精神的に戸惑うということが、アクセス数に繋がっているのだと思いますし、また確実にそうです。わからないことは知りたいですし、そこに今後どうなっていくのだろうという不安が積み重なりますと、パソコンのできる人は情報を得るために、色々なところへアクセスなさっているから、こういう数字が出ているのだと思います。けれども、やはり2000〜3000あったアクセス数が減ったということは、もう喉元過ぎれば熱さを忘れるということと、もう1つは、もう自分たちの生活に関係ないという判断をしたのでしょうね。

【久保田】
それでは、もうそういうことは心配しなくていいと皆が思っているのでしょうか。

【羅門】
思っていますね。やはりもう地震もそんなに来ないだろう、まして津波も来ないだろうと思っているのでしょう。それから放射能の件については、そういう放射能の危険が、食べ物にもある、土地にもあるということをわかっていても、自分自身ではどうすることもできないというあきらめの上に、別にそれを心配しなくなったのでしょうね。やはり人間って、日にちが経つとだんだん記憶が薄れていって、忘れていくという性質を持っていますから、これは仕方のないことだと思いますよ。

【久保田】
今後、この災害ということについて、我々はどう考えたらいいのでしょうか。地震はまだ来るのでしょうか。放射能はどうなるのでしょうか。こういったことは、一般の御法話で御聖祖様がおっしゃっていただける内容は制限されていますから、こういうところで少しお話をしていただけると、私たちも助かります。

【羅門】
「地震はいついつ来る」ということを予測予知予言などで言いますと、必ず叩かれます。それはどういう方がクレームをつけているとかいうことは、全部わかっておりますが、私もいちいち言いません。ただ、地震は本当に必ずいつか来るものなのです。ただ問題は、いつ頃来るかということです。それによって、支度することや、注意することや、考えなければならないことがいっぱいありますから、災害に関しては、予測を立てて注意をしていくことが絶対に必要です。ですから、色々な人の知恵をお借りして、自分の生活や人生でも、それを役立てていかなければならないと思います。
それと放射能の件ですが、津波であのようになりましたが、では津波の防波堤が20メートル、30メートルあったら、私はこういう問題は起きなかったと思います。ですからやはり、人間の考えている予測というものは、絶対に100%ではないということです。推定するということも100%ではありません。ですから、「備えあれば憂いなし」という昔からの言葉を、そのまま現代に取り入れないと、「後悔先に立たず」になりますね。ですから、結構人間って素朴に生きていくのが一番良いのですよね。
それから放射能についても、消えてしまうわけではなく、そのものはどこかにあるのですから、日本人の生活においても、これは大変な問題だと私も認識しております。生活にどういう影響を与えるのか、本当に個人個人が考えて対処していかなければならないでしょうね。

【久保田】
御聖祖様は、来年と再来年は大変な年になるとおっしゃいますが、私たちはどのような考えを持っていたらいいのでしょうか。

【羅門】
やはりこれは、世界が変わっていくわけですから、色々なことが変わると思いますよ。実際に、各国の首相や大統領が色々替わっていきますし、政治そのものも変わっていきます。ビックリするような政治が行われる国が現れます。そして各国で、軍事費、要するに国防費が膨大に増えている、ということは戦争の支度をしているということです。ですからそれは、歴史の中に導火線が張り巡らされていて、いつ火がついてもおかしくないという状況ですから、大変な時なのです。それは毎日目を見張っていなければなりません。それから、世界の動きを毎日しっかり見ていますと、かすかに動きが出てくるのです。そして必ずそれが大きくなっていくわけですから、そういうことに対して、必ず細心の注意を持って生活をしなければならない時になっております。

【久保田】
人間は変えていかなければならないとつくづく思いますし、そうして自分たちの生活も変えていかなければいけないと思います。

【羅門】
役員長、それは無理ではないでしょうか。と言いますのは、人間って性格は絶対に100%変わらないからです。
なぜかと言いますと、自分の行動とか、物の見方とかいうものは、どんな性格を持っていても、何かを参考にしたり、それによって考え方を変えたりします。しかし性格は本能みたいなもので、その人が持っている独特のものです。これはどんなに一生懸命になっても変わらないのです。ですから失敗をしますと、同じ事を何回でも失敗しますし、だらしのない人は、どこまで行ってもだらしないです。例えば人間関係において、そういう人間関係は良くないと教えても、何回でも同じ事をします。要するに、人間というのは自分だけ都合の良い生き方をするものなのです。
その代わり、その自分の生き方が間違っていると、それに対して必死に言い訳をします。それで自分を正当化しようとします。そういうものは全部性格から出ていることですから、世界が変わろうが、世の中が変わろうが、自然が変わろうが、何があっても性格は変わりません。だから性格というのは本当に怖いのです。
先日も、私のところにご相談にいらっしゃった方は、悲痛な思いでございました。ご子息の性格がちょっと過激なので、そういうことでご両親も本当にご心配なさっていらっしゃいました。でも、状況を変えていく努力はするでしょうけれども、生まれた時からの本質的な性格というのは、変わるものではありません。
ですから、自分だけを大切に生きているというのが人間で、人間って本当に勝手な生き物なのです。こう言いますと、よく皆さんから「そんなことは無い」と言われますけれども、そうだから不幸になるのです。役員長もそれを考えて下さいね。

【久保田】
最近目立つ、人間のいけない点ということは、どのようなことを注意したらいいでしょうか。

【羅門】
注意するということよりも、最近の人間が変わってきてしまったということです。そして、変わってきてしまったことに、一般の人も我々も慣れてきてしまっているということが、人間が変化しているという証拠ですね。
私がまず気になることは、最近の人というのは何事も気にしません。まったく気が利かないのです。そして先が読めませんし、考えられません。そして、物事が行き当たりばったり、そういう性格というか、そういうものを持っていますね。それが悪いとも思っていません。
それから、約束事を簡単に変更してしまいますし、自分の都合で相手のことを考えず、約束をすぐ破棄してしまいます。そしてそれに対して、「悪かった」とか「申し訳なかった」とかいう返事も何もありません。そして、いくら良くしてあげてもお礼もありませんし、連絡もありません。そのように、人間生きているときに、その場限りで生きていることが多くなっているのです。ですから、優しさとか思いやりとか礼節とかは、ゼロに近いのではないでしょうか。
それは外国の人たちと比べてみると、日本が極端に劣っているということがよくわかります。情けがあるのは外国人のほうがうんとあるわけです。そのあたりは日本が恥じることでしょうし、もう直らないかもしれませんね。
ただ、外国の人たちの礼節、礼儀、思いやり、すべてそういうものは、その国の国宗、信仰にあるのです。ですから、日本人はどこまでが国宗と言えるのか、仏教は単なるしきたりなのか、そのあたりを見極めることが、大変混乱していて難しいですね。
ただ、本当に気が利きません。それだけ頭脳がないのかもしれませんし、気が利かないような振りをしているのかもしれません。そして約束事はまず守りません。すぐ変更をします。そして礼節もありません。そのあたりが大事なポイントでしょう。
これからうんと悪くなっていきます。仕方のないことです。それは大人もそういう教育をされているからです。ここはよく考えなければと言いますか、考えてももう遅いかもしれませんね。

【久保田】
御聖祖様、今日はありがとうございました。時々このように私たちに喝を入れていただきたい、叱っていただきたいと思います。

【羅門】
またお話ししましょう。取り留めのない話の中に、数々のヒントがあります。それを生活の中で取り入れることも大事だと思っております。