羅門の独り言 激辛評論

このインターネットを通して、インターネット会員さんから私に、色々なお話や、私への質問があります。それは病気のこと、それから家庭内のこと、それから家族との交流の中での問題、夫婦の間の問題、それは数知れず、毎日そういう問題のご質問がまいります。
その中で私は、やはり人間が少しずつ変化しているという確信を持っています。

皆さんはあまりお感じにならないかもしれませんけれども、最近の若い方を見ていますと、まず相当背が高いです。182〜3センチはあるのは当たり前で、それが今の若い人たちの身長のレベルなのでしょう。私も若い時は体が大きなほうで、背も高いほうでしたが、今の若い人とは10センチ以上差がある場合があります。そのように、肉体の変化は確かにしてきていますし、体格も外国人並みに身体が大きくなってきています。
しかし皆さんには、このブログで読みましたことを、右から左と忘れてしまうような粗忽なことは絶対やめて頂きたいのですが、ここで私が言いたいことは、身体は成長しても、心や魂は全く成長していないと思われるということです。そしてむしろ、心や精神の変化が、昔より悪くなってきているのです。
昔は、「日本人だから」という言葉をよく使いました。侍だとか、日本人はとか、日本特有の文化があって、そういった褒め言葉が日本にはいっぱいあったのですが、最近はどうも違ってきました。

まず若者は、人様に対する親切心なんていうものは絶対に持っていません。親切心はないのです。わかってはいるのですが、見て見ぬ振りをすることを覚えたのです。
そして、この若い人たちの中でも、特に女性が変わってきました。
女性というものは、やはり自分を守ることに懸命でしょうけれども、それよりも、自分の都合の良い方に話を持って行ってしまう、自分にとって都合の良い解釈をする、そして自分にとって有利な、利益が上がるような人間関係で、男性に対しても非常に愚弄するような女性が多くなってきました。そしてだんだん、自分の我がままを通そう通そうとする女性が増えてきました。結局、一番いけないことは、対人関係においても、自分がいけないことをしているんだ、また、いけないことを言っているんだということを百も承知でわかっていて、その上で人に接するときには、平気で嘘を言ったり、我がままを言ったり、色々理屈をこねたり、人の欠点を探すようにしたり、そういう点で本当に今の女性達、若い人たちは変わってきました。
私がこうして文句を言うのは、それがマイナスになるからです。そしてその中に、信仰心が全く欠落しているわけです。
「宝くじが当たりますように」とか祈る、それから、競輪とか競馬とかそういう勝負事には、手をしっかり握って祈りますが、本当の心の中から祈るということを全くしなくなりました。それはそういう気持ちがないからです。そして、人間の心の中に殺伐とした精神しか残っていないから、穏和で優しくて、情があってというような感覚が無くなってくるのでしょう。

それからもう一つは、感性がなくなりました。美しい物を見ても感激しなくなりました。それは半分以上は、感性がないのではなくて、わからないからです。
とにかく色々な物を買いましても、すべて値段で価値観を決めるということが、非常に多くなってきました。確かにブランド品などは、とてつもない金額がしますけれども、金額が高ければ良いというような感覚を、今の女性が持つようになってきました。
そして今、私はこのブログを書いていて感じることは、自分に必要がある時だけしか連絡はしないということです。人様との交流において、自分の都合の良い時は必ず連絡をして、そして少しでも自分に有利なように事を運ぼうとする内容が多いです。そして連絡をする時も、電話をしません。そういう会話ではなくてメールをしようとします。メールというのは相手の顔が見えませんし、状況も見えませんし、声も聞こえません。ですから、淡々とした話し合いになるのかもしれません。
私はインターネットの中で、「羅門の絆」というサークルを作っています。ももんがさんが中心になって頑張ってくれていますが、それもやはり皆さんと本当に心の中で絆を持ちましょうという、ほのぼのとしたものをお互いに分け合っていこうということが基本にあるわけです。ももんがさんは、本当に毎日たくさんの文章を打って、絆サークルの人たちと会話をして、一生懸命連絡を取り合って頑張っています。そこにはやはり響きがあるのです。その人の熱意も伝わってくるのです。
しかし一般的に言うと、本当に今人間が変わってしまいました。もちろん手紙も書かなくなりました。何かどこかで人間の心に、見えないすきま風が吹いているように、私は思います。

自分の祈りというものは、神仏に頼んで良いのです。神仏に「助けてください」と言って頼んで良いのです。しかし基本がないのに、ただ上滑りな考えで神仏に対して頼み事をするということは、大きな間違いです。そして叶いません。
ですから、自分というものをもう一度原点に戻して、静かに自分を見直すことが、今の時代に必要なのではないでしょうか。
ただ単に、時が流れていくことと一緒に、自分も流れていってしまうことは、あまりにも勿体ないのではないでしょうか。

日本人である、また例えばアメリカ人であるとか、そういう問題ではなくて、日本人であるという言葉の前に、本当の真の人間であるということを自分で自覚して、落ち着いた生活をしていかなければなりません。そして何事も腹八分目で、欲という煩悩があってはいけません。そして実際にするべきこともしないで、頑張りもしないで、欲だけが前へ並んでいるような人生観は、大きな間違いです。
実際に、目に余るような人があまりにも多いですし、我々のこの信仰の世界からも、脱落していく人はいます。そういう人は自分の欲のために脱落していってしまうわけです。世の中には、もう戻れない道というのがあるということを良くお考えいただきたいと思います。
昨日あたりから、「私の館」というコーナーを作っております。館という以上は私の家なのですが、それは距離も測れないぐらい遠いところにある館です。でも、実は魂の中に存在する、私だけの館なのです。その中で、乏しい明かりの中でも、自分で静かに物事を考え、皆さんのことを考え、静寂の中に皆さんの道を探して、そして私のしなければならないことを解決しようと頑張っているわけです。

今日はちょっと長々と話をし過ぎましたね。
皆さんのことを考えています。悪く言うのは、皆さんのことを考えるから言うのです。
とにかく生活の中で、約束だけはしっかり守って下さい。約束事というのは、自分の信用に関わります。信用のある人は、友達がいます。そのあたりを良く理解して下さい。