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羅 門 訓 示
人間というのは、色々なことを考えます。そして色々な人のことも思います。しかしその中で、妙に「勘が当たる」ということがあります。
例えば、あの人と自分は揉めるかもしれないなという勘がする、この問題はこうなっていくようだなという勘がする、そういうことがあります。そういう勘というものは、医学的には「頭で感じるのだろう」ということになるのでしょう。しかし実際には、頭の中でそう思うよりも、気持ちの中でそう思うことが多いのです。ということは、これは魂の現象なのです。
それからもう一つ、ある人のことを考えていると、その人から電話が来るとか、その人に道で会うとかいうことがあります。こういう時に、よく人間が安易に使うのが「偶然だよ」という言葉です。この「偶然だよ」ということは、否定する言葉なのです。ひとつの現象があっても、それを完全に否定するから、偶然という言葉で片付けてしまうのです。全部必然であって、偶然ということはひとつもありません。
誰かのことを考えて、あの人どうしてるかなと思っていると、その人からの連絡が来たり、その人の消息がわかったりすることがあります。そのようなことは全部、必然的に起きることです。
また、家の中にいても、誰かがすっと通った気がするとか、誰もいないのに人の気配を感じて、誰かいるのかなと思ったり、そういうことを人間はよく見るのです。また知るのです。それは実際に現象です。でも、決して悪いものではありません。悪い時にはもっと強烈な現象があります。ですから、そういう影を見たり、人の気配を感じるというのは、そんなに悪いことではありません。ただ、何か話をしたいのでしょう。話しかけていきたいという現象はあります。
今日の「第三の眼 羅門訓示」では、自分が研ぎ澄まされた感覚を持つと、人間の体の中のどこかにある、第三の眼のようなもので、そういう感覚を感じるときが必ずあるということです。そして、そういう状態が本当なんだということを知っていてもらいたいと思います。
それは決して悪いことではないのです。魂があなたにささやきかけている時かもしれません。
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