今日は啓蟄の時期にブログを出す気持ちになりました。
私にも色々な付き合いの方が沢山居て、時々顔を合わせ話をする知人が居ます。その知人が私のブログをずっと昔から読んでいたということを知りました。
大変嬉しいのと同時に、友人の謙虚な報告は私を吃驚させました。というのは、私のブログの言葉を意識しているということに吃驚したわけです。時々ブログを書いてあげなければいけないとつくづく思いました。

今日まず最初に話をしておかなければいけない事は、先祖の感謝供養、御彼岸ですね。
この意識がみんなだんだん低くなりました。これは大きな間違いです。
先祖に感謝、御供養する事は、当たり前の中の当たり前の事です。
それがだんだん人間の心の中から薄れていく、消えていく、そう言う気持ちが無くなっていく。
そういう事を見ていても、日本の価値観がだんだん無くなっていくんですね。
先祖供養をしないような人は意識が薄れているんですから、次生まれてくる時は、なんて事は考えないでください。そんな事はありっこないですから。
御彼岸にきちんと先祖へ感謝の気持ちを表す事の出来無いような人は、来世なんてあるわけがない。

そして、嫌な話ですけれどもだんだん戦争が近づいています。
色々な国の人が色々な事をしていますけれども、戦争が近づいて参りました。
もちろん日本も巻き込まれていきます。
戦争に対してもまた日本人の意識が低くなりましたね。
昔は平和を望んでいたんです。今は平和を望むと言う気持ちが薄れてきましたね。あまり興味が無くなったのでしょうね。その興味がない時に突然、そういう悲劇が起こるものです。近いと思います。
大変気にしておりますけれども、こればっかりはどうする事も出来ません。

それから、人間の感情がだんだん軽薄になり、どうも人間の心が一般常識的な事では考えられなくなってきたんですね。
人間は約束を守り、時間を守り、ルールを守り、そういう人間の行わなければならない摂理的な事が御座います。
それがだんだん薄れて、先程の戦争の話じゃないですが、やはり軽薄になってきたんでしょう。
人間らしさというのがだんだん薄れていくというのが、私は大きな災いになると思います。
と同時に、災いは来るでしょう。
私が怖くてしょうがない、嫌だなと思っているのは、南海トラフの地震です。
今、M9位の地震が来てもおかしくない。怖いです。
やはりこういう災いの時に、本物の信仰を持っている方は、万が一の時にするりと危ない所から身を離す事が出来るんです。
本当に人間は紙一重なんです。
その紙一重の大事な運を掴むのは、やはり日常の信仰によります。
その信仰の場所というのは、神・仏、色々なものを混ぜると大変な数でしょう。
しかし人間というのは同時に二つ、三つと信仰できる器用さは持っていません。
本物の信仰は一つで良いんです。
うんと静かに、しっかり本物の信仰を持っている事が、その人にとっては大事な事なのです。
神も仏も一体のものです。両界が全部同じなんです。
どうか自分を大切に、ご信仰の道に励んでください。
もうすぐ桜が咲きます。
このブログを読んでいるあなたの心にも、桜が咲くようにお祈り申し上げます。

羅門