八尊光倫会 聖尊殿堂

カテゴリ : 第三の眼 羅門訓示

第三の眼 羅門訓示 2013.7.27

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羅 門 訓 示
人間はそれぞれ、寿命というものを持っていますから、この世界で何年生きているのかは、もちろん個人差があります。
しかし、その個人差があれども、その間に会える人が何人かは、大体決まっているのです。
例えば、広い野球場の中で誰かに出会い、お知り合いになり、交際していくというようなことは、無きにしもあらずです。しかしそれとて、5万人入れる野球場の中の、1人か2人の話でしょうし、ご縁でしょう。
野球場に例えましたけれども、一般社会においても、会社においても、何かのご縁でお会いして、交際が始まる、お付き合いが始まる、その中でお互いの気持ちの交流、心の交流、男女ならば恋愛の感情、お年寄りなら、お年寄りになってからお友達になったという人間関係、そういうものを、大事なご縁として考えます。
その縁の中で、自分の人生の要になる、大事なご縁というのが存在しています。
その縁によって、人間の一生の運命が決まることがあります。
そして、その運命の人だということがわからずに、その人と別れてしまう場合もあります。これは悲惨であり、非常にみじめなことです。
逆に、普通の縁だと思っていたけれども、それが心の震えが来るような幸せ、感激、そういうような人間関係に発展していくことだってあります。
それらをまとめて第三の眼の訓示として申し上げれば、その人をよく見る、その人をよく味わっていく、それが大きな運命の要になることは事実です。
一度自分の周りをよく見つめて、自分の縁というものをしっかり味わってみたらいかがですか。意外に見落としている場合があるのです。
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第三の眼 羅門訓示 2013.7.5

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羅 門 訓 示
過去のことはもう帰ってきませんし、済んだことを反省の材料にするのは良いのですが、くよくよしても、どうにもなることではありません。
ここでしっかり考えなければいけないことがあります。
例えば明日に対してでも、あさってに対してでも、これから先の未来に対して、自分の頭の中で考えても考えられないことは、逆にひらめいてきます。「ああ、そうか」「こうしようか」というひらめきが、人間の頭の中には出てきます。これは、大きな魂の揺さぶりです。ですから、悩みがあった時には、ふと休息するのです。例えば何かを考えていても、30分でも1時間でも休んで、その考えをやめるということです。そして休みが終わったら、1時間後にもう一度それを考えてみると、別の考えが出てきます。それを、聖霊界では「ひらめき」と言います。ひらめくのです。魂が輝いてくれるのです。その時の輝きが、ひらめきが、あなたが先へ進むための大事な明かりなのです。そのように心がけて下さい。
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第三の眼 羅門訓示 2013.6.21

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羅 門 訓 示
人間というのは、色々なことを考えます。そして色々な人のことも思います。しかしその中で、妙に「勘が当たる」ということがあります。
例えば、あの人と自分は揉めるかもしれないなという勘がする、この問題はこうなっていくようだなという勘がする、そういうことがあります。そういう勘というものは、医学的には「頭で感じるのだろう」ということになるのでしょう。しかし実際には、頭の中でそう思うよりも、気持ちの中でそう思うことが多いのです。ということは、これは魂の現象なのです。
それからもう一つ、ある人のことを考えていると、その人から電話が来るとか、その人に道で会うとかいうことがあります。こういう時に、よく人間が安易に使うのが「偶然だよ」という言葉です。この「偶然だよ」ということは、否定する言葉なのです。ひとつの現象があっても、それを完全に否定するから、偶然という言葉で片付けてしまうのです。全部必然であって、偶然ということはひとつもありません。
誰かのことを考えて、あの人どうしてるかなと思っていると、その人からの連絡が来たり、その人の消息がわかったりすることがあります。そのようなことは全部、必然的に起きることです。
また、家の中にいても、誰かがすっと通った気がするとか、誰もいないのに人の気配を感じて、誰かいるのかなと思ったり、そういうことを人間はよく見るのです。また知るのです。それは実際に現象です。でも、決して悪いものではありません。悪い時にはもっと強烈な現象があります。ですから、そういう影を見たり、人の気配を感じるというのは、そんなに悪いことではありません。ただ、何か話をしたいのでしょう。話しかけていきたいという現象はあります。
今日の「第三の眼 羅門訓示」では、自分が研ぎ澄まされた感覚を持つと、人間の体の中のどこかにある、第三の眼のようなもので、そういう感覚を感じるときが必ずあるということです。そして、そういう状態が本当なんだということを知っていてもらいたいと思います。
それは決して悪いことではないのです。魂があなたにささやきかけている時かもしれません。
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第三の眼 羅門訓示 2013.6.10

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羅 門 訓 示
訓示というのは教えであるが、幸せになる方法の数々をお教えします。
家に仏壇・神棚があるとすれば、男女問わずお勤めに、仕事に出掛けるとき、小さなコップ・湯飲み・杯等に、耳かき1杯のお塩を入れる。そして、水道の水、井戸の水でもそれに注ぎ、仕事、もしくはお出かけに出る。帰宅した時、必ず器を水で洗う。明日の朝まで空のまま置いておく。そして、再び朝が来る。同じ行動を行う。旅行に出掛けたりしたら、神棚・仏壇の水の器は、空伏せして家を空ける。この些細な日常行動が、小さな幸せを運ぶ所作になることを、訓示とする。
神棚・仏壇の無い生活、アパート・マンションの生活では、父母兄弟の写っている写真立てに、同じ所作を行う。
人が幸せになる時は、この小さな行いが、幸福を運んでくる。それはあなたの誠実さ、人に対する思いを、第三の眼が見ているからです。
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第三の眼 羅門訓示 2013.6.3

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羅 門 訓 示

人と人との繋がりには、手紙とか電話とか、そういう伝達方法がありますけれども、自分が困った時、自分の都合が悪くなった時、何か人に頼む時だけ、電話をしたり連絡をしたりする、そういう交友関係、友達関係、または知人関係は、あまりにも露骨です。
そして、それは普段からきちんと交友関係を繋いでいれば、いつ電話をしても、いつ連絡をしても、失礼ではないのです。
しかし、用事がある時だけ、その時だけ、困った時だけ連絡をするのは、あまりにも自己本位、自己中心、みっともない、みにくい行為です。
常日頃から交友を温め、知人の心遣いを温め、自分の思いを伝え、そういう交流を常に持っていなければいけません。
困った時だけの電話、手紙、それは相手に失礼ですし、その礼儀は、絶対に守らなければなりません。
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第三の眼 羅門訓示

御霊示羅門訓示
羅 門 訓 示

人と約束をした場合、その約束を必ず100%守るということが、あなたの人格を決める、大切な行動です。約束は、約束を守る努力をしなければ、約束する価値は無くなり、あなたの人格も落ちて無くなります。
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