八尊光倫会 聖尊殿堂

カテゴリ : 心

昨今の人間の心のあり方

御彼岸が過ぎまして急に夏日の日が訪れました。この早い夏の陽気は実際に気象の荒れ模様を感じさせます。
今年は水が大変な災害をもたらすと私が預言をしましたが、やはりその通りになりそうです。
それと同時にとうとう戦争が起きました。
トルコや不穏な北朝鮮の問題です。
ここで不思議な事は、昔なら大変な騒ぎになっていた戦争の予知的な問題も、今の日本人は何とも感じていないという事です。
北朝鮮がボタンを押せば本当に終わりの状態なんですが、日本人は呑気にしています。
ただ実際にこの情勢を見ていますと、戦争は行われない茶番劇だと思うしかないんです。北朝鮮にいる邦人も日本に引き揚げておりませんし、外国人の引き上げもありません。という事は北朝鮮には何も被害が起きないと言う事です。そして北朝鮮からの戦争の布石もないという事ですね。日本は何も被害を受けないと日本人はそう思っているのでしょう。
大変、私自身としては恐ろしい現象だと思っております。日本人は戦争に慣れていないから何とも感じないのでしょう。
ただ、我の身に火の粉が降りかかるとなれば、世界中の人間の何倍も大慌てをするのが日本人だと思います。

さて私事ですが、15年間可愛がってきた犬が寿命を全うして亡くなりました。
動物といえども人間がうんと愛して、うんと可愛がってきたその動物の魂は、人間の魂と同体になっていますと、その人間と同じ時期に転生するんです。
このメカニズムを知らない人はいっぱい居ますけれども、犬を飼っている人、猫を飼っている人で、そう言うお気持ちを持っていらっしゃるなら転生できるという事をよく自覚いただいて結構だと思います。
ただし、自覚しているご自身が、きちんと転生出来なければいけませんよ。

どうしても今、人間の心が乱れていますので、色々な摂理・定義をお教えしても、皆さんは自分の都合の良い解釈しかしません。
そして私が予知や預言をしても、一般の皆さんはそれを聞こうとはしません。
私は自分自身で最高の預言者だと思っております。それは聖霊界が下さった御力で御座いましょう。そして絶えず、私に送り続けるこの予知力という力もありがたいと思っております。
占い師の事で騒いでいる人もいらっしゃいますが、それは一種のゲームですから良いの悪いのは言いません。
私は実際に人間の人生に携わってきて、何十年掛かってここまで来ました。それにはそれなりの重みがあります。
人生というものは絶対に一人では分からないものです。
私は皆さんのこれからの人生が全部分かります、全部お教えできます。
未来を知りたいという人の為にその様なコーナーを作ろうとは検討しております。
私は聖霊界のその力で分かるが故に、ご病気の事でも、例えば癌一つに関しても転移するからと私が言っても、医者が太鼓判押したから大丈夫と仰って私の意見ははねつけられます。でも私のよく知っている医者は、医者の80%はヤブ医者であると言っています。と言う事は太鼓判を押してくれる医者がもしも力のない医者だったらどうしますか。これが私の?ですね。

先日、自殺を考えていたらしいですが、ご老人が踏切の中で呆然と佇んで居る所を、銀行員の方が救おうと踏切に入って間に合わず、二人とも命を亡くしました。
このことは本当に悲しい出来事です。
しかし私の目から見ると、その踏切には大勢の人が電車が通過するのを待っていたわけです。その二人がはねられるのを見ていたわけです。
そのご老人が線路に入っていっても誰も何の声も掛けず、誰かが大騒ぎするでもなく、ただ一人の銀行員の方だけが救い出そうとして命を亡くしたわけです。
その周りの何もせず、何も言わず、知らん顔をしていた人間が沢山居る事を、皆さんは忘れてはいけません。
人間はみんな自分の事しか考えていません。自分中心、自己中心なんです。
みんな自分の都合の良い事しか考えません。それで幸せになれるわけがない。
そんなところに幸せが来るわけが無い、という事を自覚していただきたいと思います。
これからゴールデンウイークですが、私が嫌なのは自動車等の事故で亡くなる方がいらっしゃる事です。
それはうんと不注意で、要するに神仏に護られていない事なのですから、どうか最大のご注意をして、出来ればきちんと護られるようになっていただきたいと思っております。
今日はこれで失礼します。

羅門

日本の動き

今日は啓蟄の時期にブログを出す気持ちになりました。
私にも色々な付き合いの方が沢山居て、時々顔を合わせ話をする知人が居ます。その知人が私のブログをずっと昔から読んでいたということを知りました。
大変嬉しいのと同時に、友人の謙虚な報告は私を吃驚させました。というのは、私のブログの言葉を意識しているということに吃驚したわけです。時々ブログを書いてあげなければいけないとつくづく思いました。

今日まず最初に話をしておかなければいけない事は、先祖の感謝供養、御彼岸ですね。
この意識がみんなだんだん低くなりました。これは大きな間違いです。
先祖に感謝、御供養する事は、当たり前の中の当たり前の事です。
それがだんだん人間の心の中から薄れていく、消えていく、そう言う気持ちが無くなっていく。
そういう事を見ていても、日本の価値観がだんだん無くなっていくんですね。
先祖供養をしないような人は意識が薄れているんですから、次生まれてくる時は、なんて事は考えないでください。そんな事はありっこないですから。
御彼岸にきちんと先祖へ感謝の気持ちを表す事の出来無いような人は、来世なんてあるわけがない。

そして、嫌な話ですけれどもだんだん戦争が近づいています。
色々な国の人が色々な事をしていますけれども、戦争が近づいて参りました。
もちろん日本も巻き込まれていきます。
戦争に対してもまた日本人の意識が低くなりましたね。
昔は平和を望んでいたんです。今は平和を望むと言う気持ちが薄れてきましたね。あまり興味が無くなったのでしょうね。その興味がない時に突然、そういう悲劇が起こるものです。近いと思います。
大変気にしておりますけれども、こればっかりはどうする事も出来ません。

それから、人間の感情がだんだん軽薄になり、どうも人間の心が一般常識的な事では考えられなくなってきたんですね。
人間は約束を守り、時間を守り、ルールを守り、そういう人間の行わなければならない摂理的な事が御座います。
それがだんだん薄れて、先程の戦争の話じゃないですが、やはり軽薄になってきたんでしょう。
人間らしさというのがだんだん薄れていくというのが、私は大きな災いになると思います。
と同時に、災いは来るでしょう。
私が怖くてしょうがない、嫌だなと思っているのは、南海トラフの地震です。
今、M9位の地震が来てもおかしくない。怖いです。
やはりこういう災いの時に、本物の信仰を持っている方は、万が一の時にするりと危ない所から身を離す事が出来るんです。
本当に人間は紙一重なんです。
その紙一重の大事な運を掴むのは、やはり日常の信仰によります。
その信仰の場所というのは、神・仏、色々なものを混ぜると大変な数でしょう。
しかし人間というのは同時に二つ、三つと信仰できる器用さは持っていません。
本物の信仰は一つで良いんです。
うんと静かに、しっかり本物の信仰を持っている事が、その人にとっては大事な事なのです。
神も仏も一体のものです。両界が全部同じなんです。
どうか自分を大切に、ご信仰の道に励んでください。
もうすぐ桜が咲きます。
このブログを読んでいるあなたの心にも、桜が咲くようにお祈り申し上げます。

羅門

信仰

よく宗教というものは嫌われます。
どうして嫌うんでしょうか。以前テロを起こした団体の事件以来でしょうね。そしてイスラムの方で戦いがありますがこれも宗教です。 アメリカの選挙においても宗教的な重みはいっぱいあります。そうするとどうして宗教を嫌うのか、どうして宗教がいけないのか、その辺りは軽率な感覚で宗教批判する事は罪だと思います。
例えば芸能人が何処何処の教団に入って出家したと、周りではその芸能人は広告塔だろうと言う意見がいっぱいあります。しかしそれはその教団に対して失礼です。広告塔という言い方もご本人に対して失礼です。逆に申し上げるとその教団が宣伝をしてはいけないでのでしょうか。自分達の真理を世の中に出していく為に、ある芸能人がその教団に入ったというならそれはそれで良いじゃないでしょうか。ただ芸能人だと言うことにあまりにも重きを置きすぎていると思う。芸能人がどんな信仰をなさろうと全くご自由ですし、憲法で宗教の自由は保障されているんです。要するに宗教は悪いと頭から思う人が悪いんです。色々な世界ですから、世の中には悪い銀行も悪い会社もあるでしょう。どんな立派な会社でも色々ボロはあります。だからすぐ何事も悪い、そういう風に物事を判断するのは、相手に失礼です。会社であっても教団であってもそれは失礼です。私は第三者が信仰の世界を批判する事は大きな間違いだと思います。宗教、信仰というものはその人間の心の中に宿っているものであって、強制されるものでもなく、そこへ引っ張っていかれる必要もない。自分の心で自分で決めていく信仰というものに関して第三者がとやかく言う問題ではないという事を申し上げたい。
もうすぐ御彼岸が来ます。亡くなった方々、御先祖の大事な時です。御先祖を敬う気持ちを持たない人間は、私は下の下だと思っています。私たちもいずれ先祖になっていくんです。その時、聖霊界に戻れないような人間になってしまったらどうするんですか。人間は宇宙の縮図とよく似てると言われていますが、私は宗教自体、その真理自体が宇宙の法則と本当にそっくりだと思います。ブラックホールという星の地獄があります。死んでいく所です。人間には至る所にブラックホールがあるんです。人間は産まれてきた時に幸いであり、人生を送ることも幸いである。苦しいことも腐る程ある、悔しいことも裏切られる事もいっぱいあります。だけど人間は幸せというものを求めなければいけない。幸せになる方法というのは必ず後押しが必要なんです。信仰の世界はその人を後押ししていくんです。だけどある時には御布施に執着したりしますが、仏壇を買うのも宝石を買うのも経済が絡んできます。当然です、世界に流通しているものですから。お金が高いとか安いとかそういうことで考えるのは、見方がちょっと違うんじゃないかなと、私は思います。人間は言葉じゃなく、実行していく事、そして本当に心から救われようとする、救われていこうという謙虚な気持ちがあってこそ、人間は救われていくんです。要するに自分の心次第で、人生というのは動いていくという事を感じなければ駄目です。
親でも子供に、何処の宗教に入っているんだと罵る場合があります。
ではその親は亡くなった後何処にいくんでしょうか。親は自分の子供でも信仰を批判する必要はないです。宗教というのは信仰の場ですから、神仏を信じていく信じられている一つの真理というものに人間の心を委ねる訳です。
どうか自分の心をもう一度自分で洗ってみて、信仰の尊さ、例えば観音様の大事な心の動き、魂の躍動、それを考えて立派な人生を歩んで頂きたいと思います。どうか御彼岸は御先祖の事をよく考えて、心から御彼岸をお勤めして頂きたいと思います。
私長い間ブログを書かなかった二つめの理由は、人間を不信に考えられたんです。
困った時は助けを求め、それが叶うとさようなら。そう言う信仰を持つ人が余りにも多くて、私は非常に迷いました。三冊本を出版して疲れもありましたが、今御彼岸が近くなり、気持ちをもう一度取り直して頑張ろうと考えております。
皆さん見てお分かりだと思いますが、私のブログを見る人は非常に少ないですが、それはいっこうに構いません。少数の人が救われていくんですから。
この八尊光倫会は何万何千という人を救おうと言う大それた事は言いません。
1人でも救われ、1人でも健康になり、1人でも癌とさよならしていく、癌の恐怖も無い、そう言う人生を送って頂くだけで私は信仰の価値があると思っております。結婚も大事な事です。男女の恋愛も大事な事です。会社の付き合いも大変な事です。まして親子の付き合いまで大変な事です。何処にも楽な事は転がっていないんです。ただ何事も努力、頑張っていく、その信念は信仰というもので保っていけるんです。
今の世の中親すら信用できない、子供すら信用できない。
これから見るもの嫌、聞くのも嫌というような親子の殺人があったり、子供の虐待や子供を殺すような事があります。
これは魂も何もない、人間として考える必要もないです。それは単なる畜生です。人間は欲というものを持っています。煩悩というものがあります。それが故に心が曲がって、飛んでもない事を起こす事があるわけです。その悪い事に走らないように、または心がそちらににいかないように、支えになっていく事が私の教えかもしれません。
私は非常にきつい言葉で人を叱咤します。それは激励する事です。間違っている事に関しては怒りたいと思います。
どうか、観音様というもの、聖霊界というもの、この世の中に神様仏様が存在するという事を心に留めておかないと、自分が非常に損をします。どうか、心を綺麗にしてください。何もなくても良いじゃないですか、それより優しく、美しく、綺麗な心、素晴らしい魂を育てていきたいと思っております。

羅門

この頃思う事

この数ヶ月、出版の原稿等に追いかけられ大変多忙で御座いまして、ブログを書く時間もなくて申し訳なく思います。
第一冊目は「魂と死の品格」で御座いますが、その次の本が今月出来上がってきます。
「死の先へ」という本です。
人間は死というものを恐怖に扱うことはない。
行いさえきちんとしていれば来世があります。
その来世も待っている時間がそんなに長くはないです。昔と違いまして転生が早くなってまいりました。転生ということに関して、お分かりにならない方も沢山いらっしゃいますが、これは大変神聖な事で御座います。
二冊目の本の題名は先程書きましたように「死の先へ」です。死の先があるという事です。
今月の終わりには発売される予定ですから、是非お読みいただきたいと思っていおります。

先般色々考えておりますと今、日本中は大変な人間関係が渦巻いています。
礼儀は全て無いと考えても過言ではないでしょう。友人、知人の間でも約束事が疎かになり、すぐ物事をキャンセルしたり、忘れたり。
とにかく人間関係がでたらめになってきているのは事実でしょう。
これに対してもう一度考え直さなければ、色んな国から度外視されるし、友達同士でも上手くいかないし、大きな問題が山積しているという事になります。
それからこれから先も、高齢という事に関しては日本の大きな課題になります。
お年を召した方の車の運転も、規制をしなければいけなくなってくるでしょうし、親兄弟の関係が非常に悪くなり、介護という当然の事を、子供や親戚が嫌がる状態です。いずれ自分がしてもらう立場になるのに、とりあえず嫌だという感覚を持つ。そこには親孝行も何もないです。
そういう人間関係、親戚関係の中で大変な問題が起きたり、殺人が起きたりしています。
これは日本特有の状態ではないでしょうか。
本当に心から、人間は自分たちをもっと正しい方向へ変えていかなければならないのではないかと思います。

羅門


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人間は人間でありたい

人間という生き物は、完璧でないという特徴を持っています。
実際に我々は、自分自身で確信して、自分は間違いが無いんだという感覚を持っていると思います。
その自分こそ間違いない、という感覚が大きな誤算なんです。
人間は間違える動物なんです。
そういう性格を逆に人間が持っているという事ですね。
それに人間の能力には限界がある、と言う事を知っておかなければいけません。
要するに、人間は間違いを起こさない、と思うこと自体がいけない事なんです。
ここで考えなければいけない事は、慎重さが不足しているということです。
慎重に考えない。それから判断のミス。もう少し考えてみますと、油断というミスがあります。
ですから、人間というのは自分を昂ぶるかもしれないけども、ミスをするという事が人間なんです。
それをしっかり頭に入れておかなければいけないし、自覚しておかなければいけないと思います。
間違えるという事が、正常な脳で行われている時が多いんですね。
それはやはり、感覚の問題、自分の意識の問題、その様ないろいろな事がございます。
人間の間違いをゼロにする。事件も何も起きない、事故も何も起きない、ゼロにしようとする事は絶対に、完璧なほど無理な事なんです。
不可能なんですね。
何度も言いますが、人間は間違える生き物であるという事を考えなければいけませんし、認識しなければいけません。
故に、自分の人生においても生き方、そして生活の中で色々な面、家族の問題、夫婦の問題、子供の問題、色々な事が本当は間違っている事が多いわけです。
そうして間違った場合においては、それに対して余分な弁解をしたり、言い訳をしたりしますが、それは間違える人間にとっての特性なんですね。
そして普段から、間違いにおいての優秀な人、または特性を持っている人、そういう人達をちゃんと配慮して、そういう人達の言うことも良く耳にして聞かなければならないんでしょうね。
そうして、安全に対して人間はどうしたら良いかという事を、向き合っていかなければならないのでしょう。
人間には訪れる不慮の事故とか、病気があります。
それに対して自己的な判断をしないで、やはりきちっとした能力とか、人間の人生を見る力に関して素直に従っていかなければ、また人間は間違いを犯してしまうんです。
間違いを犯したら、それを取り戻すことは大変な事で、まず不可能に近いんです。
だから間違いを指摘されたら、予知としてこうなると言われたら、それを素直に受け止めて、それに対して努力する方が間違いを犯さないという事になるんでしょうね。

それに今、生きている上で考えなければいけないことは、機械に振り回されているということです。
機械のご機嫌を取っているのが人間、それからお金に振り回されている。
機械は人間ではないし、お金も人間ではありません。
だけどその二つの、機械とお金に人間は振り回されているんですね。
そこには自分自身、人間らしさの存在がないんですね。
最近思う事は、人間は人間であるという事を、忘れてしまっているんではないでしょうか。
自分が人間であるという認識がなければ、非常に間違った行動をするし、事件も起きるんでしょう。
自分が正しい人間であると認識すれば、私はこういう問題は起きてこないと思っているんです。
例えば、何をするのでも効率良くやろう、成績を上げよう、機械もしっかりコントロールして素晴らしい成績を上げよう。お金も一生懸命稼いで、お金も儲けよう。そういう事に一生懸命になってしまう。
利益を上げる事に関しても、数字を上げるという事を言います。これは事実でしょう。でも数字を上げると言う所に、人間の心という物は無い訳です。感情も何も無い訳ですね。
そして結果を出すという事に関して、統計的な今までの数字を元に判断する事では、そこに感性とか感情は無いんです。
ただ結果論。要するに数字を見るということですね。
そして機械に振り回されるという事は、今は携帯電話で相手の番号は直ぐ検索できますし、押すだけで自動的に掛けられます。
ところが、携帯電話というのが無かった時代はどうだったのだろうかと考えると、自分の必要な電話番号は沢山覚えていた。それをしっかり暗記していましたし、すぐ出てきます。それだけの頭脳を持っていたんです。
あなたは今、いくつ必要な電話番号を暗記していますか。携帯電話を見ないで直ぐ言えますか。
それだけ人間の脳というのは劣っていくんです。
同時に機械に頼ってしまう、そしてその機械を使ってる自分に能力があると思ったら大きな間違いです。
そういう所で人間の今の社会が大きな間違いを犯しているんです。

機械にも心はありません、お金にも心はありません。
その機械を使うよりも、機械に使われている人間。
お金を使うんじゃなくて、お金に使われている人間。
そういう所には、心の存在はゼロなんです。
これは完璧と言って良いほど、そこに人間の心は存在しないのです。

とにもかくにも、人間には感情と感性が必要なのです。
皆さん、よくお考えになってください。

羅門

危機がいっぱい

桜便りが日本中に伝わっています。
春らしき話題ですがそれどころではない、世界中に、また、日本にも人間の命と運と不運のしがらみが数々出ております。
人間は色々な事に人生で遭遇しますが、私が予言した通りに数奇な事件が次々に発生しております。
今までの人間社会では、全く理解できない事件が発生して、我々はその事にどう対処したらよいのかと思案しますが、世界中、日本も、この恐ろしき人生の流れにおののかなければならない。
ある意味では大きな事件が起きても、また、考えられない事件が起きても、何故か現代の人たちはあまり関心を持ちません。全く他人事のように聞き流し、この世の流れがこの先も続く事に、その重大性と人間の畏怖感を感じないのは、逆にその人間性に畏怖感を感じます。
人間の心が大きく変わりつつあります。
責任感に関しても、何も感じない人間。果たさなければならない責任感も全く無視し、親子関係も希薄になり、情緒も人情もどんどん失われていきます。
日本の将来はどうなっていくかと言うよりも、今、現代に生きる人間には期待や希望とか信頼等の大切な、あまりにも大切な心が失われていきます。
数々の暗い出来事の予言より、人間がこの先彷徨う心の暗黒はどんどん大きくなり、本来は感じなければならない、人間性で重要視される心の在り方は、限りなく消滅していくのです。
心の忘却は、単なる言い訳で語る事は許されません。
信仰とは、神を信じ、仏を信じ、自分を信じられる事、また、自分を信じてもらえる事。それに拘らなくてはならない。
遭遇してはならない事件に、その悲哀に自分から飛び込んでいくような、心の貧しき行動があってはならない。
愛情というものを大きく捉え、それを慈しむ毎日の生活を噛みしめてもらいたい。

羅門

日本の価値が下がり、信用されなくなった

今日は、あまりに日本人の信用が無くなってきましたので、身につまされる思いで書きました。
今、日本という国がどういう立場にあって、日本人の心がどうなってしまっているか。
大変なことになっているんです。
外国の調査で、どんな国民なのか、どんな良い国民がいるのかというものがありますが、日本はうんと下なんです。
とても恥ずかしくて言えないくらい下なんです。
と言うことは、それだけ日本人は認めてもらえないということです。自業自得です。
自分たちが自分たちで、外国の人たちに信用されてないんだ、と考えなければいけません。
日本人は本当に自分さえ良ければ良いという、自分勝手な人種になってしまったんです。
他の国から見まして、昔は日本人が誠実で勤勉で、とにかく人間として素晴らしい国民であると言っていたのですが、今は否定的です。日本人を信用しなくなってきました。
実際に日本人は信用されないような生活をしています。
自分勝手で屁理屈を述べ、常に弁解をする。
自分を正当化するためにどんな嘘でも平気で言う。
日本人同士ではあまり気がつかないかも知れませんが、泥の海に浸っている時は、自分の周りが泥の海だとわからないのです。
ところが、他から海を見てみればその海が泥の海だとわかる。
その様に外国の見識者達、または外国の人たちは鋭く見抜いています。
ところが日本人は、自分がそういう国民性を持ってきたという事に関して、全然考えていないわけです。
中国の問題が出てきたり、韓国の問題が出てきたり、北朝鮮の拉致の問題が出てきたり、アメリカが日本離れしていくなど、そういうものの根本にあるのは日本人なんです。
日本人が都合の良いことばかり言っていたら、外国は振り向いてくれませんし、日本を信用しません。
この失った信用を日本人が取り戻すのには、何十年、または百年はかかるでしょう。

そのように日本は落ちてきました。
それには、「心」という問題があります。
神仏を認めず、馬鹿にしているということが非常に問題です。
日本人の心の謙虚さが無くなり、自分の身勝手さが出てきてしまっているから、神仏に対して信仰心を持たないのでしょう。
この世の中には「超霊力」という力、魂の力があるということをわかっていない。超霊力をもっともっと認識するべきだと思います。魂の力ですから。
魂の力なんて無いという人は、その方に魂がないということです。
人間は神仏をしっかり認識して、謙虚に自分を委ねていく、そういう気持ちを持たなければ、色々な面で人間として心のボロが出てきます。
私が超霊力を差し上げると言っているのに、超霊力を身につけようという方が少ないということが、非常に不思議なことです。
神の国であるとか、仏の国であると言われるようにしっかり信仰を持って、そうして自分の体に超霊力を持たなければいけません。
合掌して、神仏に自分の素直さ、謙虚さを誓う、そうして自分の幸せを誓う。
その時に、どうしても必要なのは超霊力です。魂の力である超霊力です。
あなたを育てるのは魂の力です。
超霊力という魂の力を身につけて、逆に人様の為になるような超霊力を持って接することが必要だと思います。
是非それを良くわかっていただきたいと思います。

それから、御法話会の予知力・予言力では申し上げていますが、今年は天気がめちゃくちゃになります。
そして災害として、水の怖さを知ることになります。
地震も必ず来ます。それに対して備えておかなければなりません。
どうか、他人事と言うことを頭の中から忘れてください。
他人事ではないんです、自分の事なんです。

近々皆様にお教えすることについて、話し合いをして、新しい感覚で皆さんを超霊力へ導いていきたいと思っています。
どうか真剣にご信仰をなさって、一人でも多く当方の本堂にいらっしゃる事をお祈りしております。

羅門

先の理想より現実

ブログネタ
世の中 に参加中!
人類は本当に滅びそうになっています。
地球温暖化にしても、色々な科学的な根拠や、科学的な表現が上げられていますが、なかなか国民一人一人、そして世界の一人一人にわかる簡単な問題ではありません。

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本当は日本人の宗教心は厚いのです

前回の引き続きです。

今日は連休の最後の日です。どこかへ遊びに行かれてこのブログをお読みになっている方も少ないとは思いますが、それは別としてお話をしておきたいと思います。
「社会調査情報研究グループ」のデータがあるのですが、大変大事なことが書いてありました。長く時間をかけますとみなさんも大変だと思いますので、今日は簡単に話をしておきたいと思います。

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日本人の心は健在

ブログネタ
.気になったニュース18 に参加中!
おとといの読売新聞に「日本人の国民性調査」についての詳しい記事が出ておりました。私は大変興味を持って、それを読みました。

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