八尊光倫会 聖尊殿堂

カテゴリ : 祈り

変わってしまった日本

皆さんとブログでお話しすることは大変月日が空いております。
ブログというものは毎日文章を書くと世間では言われていますが、私が多忙な故、なかなかブログを書くことが進みません。
それと同時に来年は非常にいい年だと私は読んでいましたが、その私の読んでいる時既に、どんどん世の中が変わりつつあります。再来年は天皇陛下も御退位なさいますし、新しい年が参ります。しかし陛下が御退位なさって新しい天皇陛下が即位なさっても、世の中は全く変わりません。

日本人は色々な資料を見ますと、世界で沢山の国がある中で色々な面で178位くらいの国の値打ちだそうです。詳しいことは私は分かりませんがその様に聞いております。とにかく日本の値打ちが最低限まで下がったと言うことです。
しかも人間も本当に変わりました。日本人は変わりました。日本の国も変わりました。良い風に変わるなら歓迎ですが、日本人という日本の気質というものが無くなってしまいました。国民全員とは言いませんが、みんな自分のことしか考えない。他人の事は一切考えない。戦争も平和も何も考えません。そして個人個人、礼儀礼節は全くありません。
私はどうしてよいのか迷いがあります。その迷いというのは今の皆さんの日本の人達の変わり様、この変わっていく変化に私はついていかなければいけない。そしてそれを認めなきゃならない状態になっています。
でも、相変わらず殺人が行われ、小さな子供まで人間を刺すような事をします。そして大量の殺人。こんな事で日本の中が暗くなっています。お相撲さんの世界も我々の国技だったものが汚れるようになりました。そして色々な場所で権力が蔓延るようになり、そして人間は常に自分の事しか考えない生活に入りました。

私は予言者の一人として聖霊界の一人として私は本当に心が痛みます。そして来年は素晴らしい年だと思っていたのに、どんどん毎日変わっていきます。時の流れは早いものと言いますが余りにも変化しすぎです。日本人の心はとうとう失われていったのかなと思います。日本は何もしない国なんです。前進もしない国なんです。そして日本はこの先どうなっていくか、これは目に見えています。おそらく日本という国が小さく、薄く、存在感のない国になっていく事は明白で御座います。ひょっとしたらあと15年も経つと東京の都心が何故か廃墟になっていく気がいたします。
私は楽しみにしていた来年という年が良くない年になっていくのが非常に悲しい事ですし、寂しい事です。皆さんも全く先が見えないと思います。こういうブログを書く事が非常に悲しいです。

私も来年の年頭祈願行が待っています。でも大きな大きな因縁があり、それが3年も4年も続いている人は幸せになれるわけがないのです。人間は自分の積み重ねてきた良くない事がどんどん積み重なって、自分自身が動けなくなるようになるんです。それは会員さんを護る立場の私としては本当に心が裂けそうな気持ちになります。もちろん経済的な事もあるでしょう、しかし前に進み出る、一歩進んでいく、今自分は崖っぷちに立って居るんだと気持ちをどうしてお持ちにならないのか。非常に寂しいです。

私は、今後こうして人を助けていきたい、人を導いていきたい、その事を一生懸命考えています。
孤独に独りで住み、兄弟家族子供とも別れて生活している方は何と、日本に600万人も居るんです。その人は誰が護っていくのでしょうか、誰も護りません。現存として600万人存在しているわけです。こんな悲しい事が平然と起きているこの社会を何とか助けられないかと考えています。どうしてもその人達を助けたいとも思っています。
色々な問題がいっぱいあります、その内2個でも3個でも私が頑張ってお救い申し上げたいと思っています。それもブログに書きたいと思います。そして共鳴して下さい。皆さんは皆さんの意見があるでしょう。でもどうか正しい事、素直な事、そして幸せな事を考えていきましょう。
皆さんは努力をしません。努力は人を救う事です。自分の幸せよりも他人様を救っていく事が自分の行いも幸せになるんです。どうか考えて下さい。そして皆さんも本当に大変な人を救ってあげて下さい。
病気で悩んでいる人も居ます。医学でも無ければ薬学でもない、祈るという事がどれだけ素晴らしい事か考えて下さい。そして皆さんは誰かに祈って貰ってますか。あなたの為に誰かがあなたの幸せを願って祈ってくれていますか。日本にそんな人は居ません。ですが八尊光倫会の会員の為に祈るのは私しか居ません。明けても暮れても行をして、皆さんの幸せを一生懸命祈っているんです。そして分かっている事は、因縁は本当に駄目なものです。困った物です。とにかくそれをどうしていったらいいか私も考えています。
どうか祈って貰えるという事に関して、重きを持って下さい。
どうか自分の幸せをよく考えて下さい。

どうか日本を元の日本に戻したいですね。
悲しいかな戦争はあります。もうすぐです、戦争は必ずあります。
ブログを毎日出す事は不可能かもしれませんが、なるべく私の心を皆様に訴えていきたいし、教えていきたいし、皆さんもそうなっていただきたいと思います。どうしてもそれが叶わぬ場合には私は考えなければならないと思っています。
近々また考えを書きます。

羅門

近頃の事

このブログというものは、例えばこの八尊光倫会の事や私個人の行動、そういうようなものを書くことがブログになるかもしれません。
でも私は大変多忙なのでブログを更新することが稀です。
私の中で色々と考えていて、それをお伝えしたいとは思っています。科学の問題・気象の問題・政治の問題、色んなジャンルがあります。
このブログをたまたま読んで下さる方、または楽しみにしてる方、たまには私が叱るような事を書いてそれを刺激にして待っている方もいらっしゃると思います。
しかし、あまり政治の世界の事には立ち入ってはいけない、というのが宗教界にはございます。もちろん政治に携わっている宗教法人もありますが、やはり精神の事や、人の人生をお助け申し上げるというような心の世界は、あまり政治に携わらない方が良いと私は思います。それでも、生活の中に政治がある以上、まるっきり携わらないというのも大変難しい問題です。ここで政治問題について言っておかなければいけない事があります。
もうすぐサミットです。オバマさんがいらっしゃいます。
日本の国民は、オバマさんが広島の原爆の痕に行って謝れと言うような事が、TVや何かで話題になっていますが、謝れとかそう言う事は、その人の気持ち・心、そして政治いわゆる国政ですね、そういう中にある一つの事ですから、こちらから強要したり、強制したり、人が詫びる事に関して高飛車な言い方をしないで、そしてそんな事を日本人が思い出すような、嫌な意味の事はなるべく触れない方が良いと思うのです。もう70年も経っています。歴史というのは月日の流れが一つの嫌な事を消してくれる場合もあります。何年経っても忘れないという事もあります。でも、人間は過ちを犯す生き物ですから、その過ちを根掘り葉掘りほじっていたらまた過ちを犯す事になる。これは私の理論です。
広島に原爆が落ちたというのは日本の因縁です。ですがいつまでもそれに拘っていたら、何か暗い思い出だけがのし掛かってくるものだと思います。

私には持論があります。摂理論と同じなんですが、人間は過ちを犯すのです。
そしてその過ちがどういう過ちか内容によるんです。その過ちが積み重なっているものが因縁というものです。必ず原因があるんです。
例えば自分の思う通りにならない。それを良く考えてみれば、こういう所に因があるんだ、こういう事が原因なんだと賢い人は分かるはずです。
別に人様に報告する必要もないし、話をする必要もないけれど、自分の心の中・魂の中で自分に過ちがあった事を認めて、それを除いていかなければならない。それがご自分の為になる事なんです。
ですから因縁を持っている人は絶対に幸せになれませんし、因縁がどれだけ人間の人生に作用するかという事は、分かっているようで分かっていない。
人間は因縁というものに非常左右されて、取り返しが付かない人生になる事が多いんです。

それから病気の事に関して注意したい事があるので本を出します。
人間というのは2人に1人がガンだと言われています。そうなった原因は生活環境や食べ物、色んな事が作用していると思っています。
ガンというものは人間にとって死を宣告されたような気持ちになります。
ただ、幾らガンや病気に関する本を書いても書いてはいけない言葉があるんです。例えば治すという言葉は医師法に反します。ですから治すという事は私は言えません。言ってはいけないんです。それから薬事法というのがあります。許可なく薬を売ったりする輩が居ます。それも間違いです。ですから私が個人としても八尊光倫会としても、治すという事や治療するという事は一切言いませんししません。どうかしっかり理解していただきたいと思います。
私は祈りです。
祈りは法律違反にはなりません。
ですから、例えばガンに関しては色々考えなくてはいけない事がありますけれど、祈るという事は人間の幸せを祈るのですから、病気がよい方向にいくように祈るのも当たり前の事だと思います。
祈るような気持ちと言う表現がありますが、まさに人の幸せを祈る、それが宗教界だと思います。
人間は心が優しければ、人の幸せを祈ると言う事が常識的な事だと思っています。誰かに祈ってもらうという事はどれだけ幸せな事か分かりますか。
そしてどれだけ愛されているか分かりますか。
その値打ちを皆さんも人間として理解しなくてはいけないし、祈って貰える事を有り難いと言う気持ちにならなければいけません。
もっと優しくなりましょう。

最近、脳腫瘍になって脳梗塞になった方を知っています。その方と私はお会いしました。お会いしてはっきり言えた事は、脳梗塞は状況によっては繰り返すのです。一回目の脳梗塞、二回目の脳梗塞、そして手足が不自由になったり、言葉が不自由になったりします。それを何回も繰り返すと命に関わるだろうと思います。でも、そのご相談にいらしてもただ聞くだけ、実際に良くなっていこうとはしませんでした。経済的な問題があるのでしょう。けれども自分の命と経済を比べてはいけないと思います。小さな努力でも自分で行っていく心を持たなければいけません。金銭に執着したり、御浄財に拘ったりする問題ではないのです。
しかし私とご縁があっても救わせてくれない人もやはり居ます。
人間には色々な状況があり、色々な方法がある。それをしっかり踏まえていなければいけません。
経済、金銭、大事な事だと思います。それがなければ生きていけませんから。
しかし、自分の命よりお金を大事にするという考え方は賛成できません。
人間の一番大事なのは健康であって、健康の上に幸せがある。
そこにお金、経済と考えて自分の命を蔑ろにするというのは寂しい事だと思います。
健康というものを神仏に祈るという事も、私は謙虚な事だと思います。
神の世界、仏の世界、魂の世界。分からない人は何処までいっても分からないのです。

それから四年半くらい前にした九州の地震という事に関しての予知、そのまま来ました。
今こことこことここが危ないなという事は分かってます。それを私が話してどうなるのでしょう。何もなりませんでしたし、かえって恐怖をあおる事になるかもしれません。
だから私は会員の方にしか言わない事にしました。
地震が何処に来るか、どうなっていくか分かっています。
世の中は良い方向に行く事もあれば、悪い方向に行く事もあります。
普段乗っている電車が脱線する。そうして脱線したのかは謎なんです。要するにその場で結論が出る事は無い、謎なんです。その謎の中に我々は生活して居るんです。
最近の恋愛の話も聞きますが、恋という字、愛という字が非常に軽く感じます。それは人間の心が希薄になったのでしょう。
だから良い恋もしない、良い愛情の表現もしない。何か薄っぺらになった気がします。
男女間の問題だけでなく、人間同士愛情を持つという事は大事な事です。
今、この世の中でどこかにへこみ・くぼみがあるのですね。
どうかその辺りを自分で考えてみてください。

きつい言葉を書いて、それを読んで不愉快な思いをする人が居るかもしれません。
その点はどうかご勘弁下さい。

羅門

とうとう世界中が戦争に巻き込まれる

今日ブログを出すつもりはなかったのですが、北朝鮮のミサイルがとうとうアメリカに届く事になって、人間の生活ががらりと変わります。
この様な世界情勢になって、私も非常に緊張してこのブログを書かなければいけないということを、非常に残念に思っております。

北朝鮮がミサイルを発射して、北朝鮮からアメリカ大陸のニューヨーク、またワシントン、サンフランシスコまで、そのミサイルが飛んでいく距離を確認しました。我々の同盟国であるアメリカが脅威にさらされているということになりました。
と言うことは、北朝鮮が戦いになればアメリカのワシントンやニューヨークは戦場になるわけです。当然、日本も同盟を結んでいますから戦いということになるでしょう。
早い話が、いつ戦争が起きてもおかしくないし、どちらもみんな戦えるという事です。
そして愚かなる人間は、戦う事しか能がないのですね。
戦えば戦争が終わると思っていたら大きな間違いです。よく考えてください。
この七十年・八十年の間に戦争をしていない国は無いんです。
もちろんスイスや日本は戦争をしておりません。でも、他の国は戦争をしているんです。それが絶えないと言う事なんです。
そして人間の生活も、戦いという事に関して敏感に生活をしております。

それからもっと先になって書こうと思っていました、体の問題です。
政府の公報では二人に一人は癌になると発表しています。
色々な癌があります。肝臓・腎臓・脳、頭の中ですね。それから胃や体中全部、名前がある所には癌があるわけです。
これは非常に残念ですが、医学ではどうしてよいのかはっきりは分かりません。手術をして助かる場合と無理な場合とがあります。
そのように生活の中に、暗い医学があるのです。
誰でも病気になるのは嫌ですし、癌で死ぬのも嫌です。
ただし、ここでみんなが忘れている事は、健康でありたい、癌なんかになりたくない、癌が無くなってくれないか、癌が消えてくれないか、そうみんな考えていますが、実際にはそうなるように実行しないと言う事です。
この癌を消して欲しい、無くなって欲しい、健康になって欲しい、そう言う気持ちで手を合わせて、神や仏に祈る人がいるのでしょうか。
そのつもりはあるでしょう、祈っているつもりは。
でも実際に、身も心も神仏に委ねて、自分の健康を願っている人が本当にいるのでしょうか。
癌になったら仕方がない諦めると言って、祈る事もなければそう言う場所があっても、別に死ぬんだから構わないと言う。退廃的になって自分の人生を諦めている人があまりにも多いです。
そうなると、二人に一人は癌になると発表があっても、何の関係もないわけです。そこには人間の情熱とか、健康を望む心の躍動とか、癌になんか負けてられないぞとか、仏に祈り神に祈りどうか私の体を健康にしてくださいという謙虚さ、そういうものが無くなってきました。
日本は自分に冷たいのですね。自分の病気に冷ややかであるのでしょう。
ですからこの先どんな事があってもこの癌は治す。この癌は撤去する。神様または仏様、どうかお力添えを下さい。そう言う気持ちが日本人にない。
これは退廃的で失望的です。
それは大変な事で、私の考えではこれらが無いのは日本のみだと思います。
欧米でもやはり神という存在は非常に大事にします。

自分が癌になったら、自分の親兄弟が癌になったら、飛び込んでいらっしゃい。
私の「大法行」というのは祈りなんです。
「大法行」というのはその人の心に成り代わって、祈り続けていく事なんです。
「大法行」というのは健康になる為の光です。
あなた方に修行をしなさいとは言っていません。
医学的には根拠がないと言われますが、私はそうは思っていません。
祈る心は精神です。
これは人間の美しい心の健気さです。

私なりに悲観的な考えもあります。どうして分かって貰えないのか、どうしてと言う事が余りにも多すぎると言う事です。
人間はお金という事に関して非常に貧しい心を持っています。そもそもお金というのもは人間が作り出した物です。そのお金という物に、自分の心、そして体、健康、愛情、全て支配されていると言う事がよく分かります。
人間という物はそんなに寂しい生き物なのでしょうか。
色々困る問題も出てきます。しかし、困ったから諦めるのではなくて、そこを乗り越える情熱を持つべきです。そして、その考えを持つ事です。

最初にも書きましたように、戦争が始まりそうな気配です。
三〜四年掛からないと思います。そして地震もだんだん増えてきました。火山もおかしな状態です。
その時、人間として今生きている自分達としては、出来る事を一生懸命やる、人を信じる、そして祈りという事に関して、本当に心の底から神仏にお願いして、自分も神仏に立ち向かっていかれるくらいの情熱が欲しいです。
どうか平和を願い、戦争にならないように祈り、そして健康も、癌が克服できるように神仏に祈っていく心を持ちましょう。

毎月第二・第四日曜日は御法話会がございます。
皆さんの為に御法話を申し上げたいと思っております。
法話というのは一つの教えです。私の教えが皆さんに届けば、こんなに神仏が喜ぶ事はないと思います。
御殿場のアウトレットから500m位の場所にございます。環境も良い所です。
心の中に自然というものが奏でるせせらぎが聞こえるような場所です。
どうか、今までご縁の無かった方も御来山なさって法話を聞きにいらしてください。

羅門

備えあれば憂い無し

久しぶりにブログをお出しして、皆さんにご注意をしたいと思っております。

備えあれば憂い無しと言うことは、昔からのことわざとして、我々にも伝わってきています。要するに悪い事があったとしたら、それに対して対処しておかなければならない。慌てても仕方がないし、避けるべき時は避けるようにしなければいけない、備えておくという重大な意味があるわけです。

私共の八尊光倫会においては、人様の幸せを願うのは当然のことですが、転ばないように、つまずかないように、そう言う事も本当にお祈りしております。
人間は、非常に安易な考えを持つ物ですが、マイナス思考だけでも駄目です。しかし、マイナス思考ではなくて、こうはなりたくないと思うことがあるわけです。
交通安全の問題でも、相も変わらず大きな事故があり、大勢の方が亡くなっていきます。ところがそれに対して、人はみんな余所事のように考えるのです。よく他人事と言いますが、余所事です。自分はならないと思っている。なるかならないかは、人間がきちんと言えるわけはないんです。
だからどうすればいいのか。やはり備えあれば憂い無しで、事件に遭わないように、病にならないように、不運な事にならないように願う心、そういう事が生活において必要なのではないでしょうか。

八尊光倫会では、年頭の御祈願として、個人の来年一年間を無事にお過ごし頂きたいという行をして、個人札としてお渡ししております。
交通安全災難回避排除の御祈願もしております。
病滅という御祈願もしております。病気には願わくばなりたくない。また、そう言う事にならないように、病を滅する、そういう思いを願っていけるように、ガンなどにもならないように、明るい光を当て、祈りを捧げ、神仏にしっかりお願い申し上げる超霊力。そういう魂の力、エネルギー、そしてその思い。そう言う事をきちんとしておく事が、私は備えあれば憂い無しだと思っております。
ご商売の繁盛の願いも、当然の事だと思うのです。今景気が悪くなってきています。消費税の問題とか、世界情勢とか色々な事が混ざり合っているのだと思いますが、浮かれるような景気ではありません。でもその中でも、株式会社でも個人事業でも仕事には間違いないんです。そこに一生懸命光を当て、そして御繁栄なさるように祈る事が私の仕事です、願いです、思いなんです。

あとほんの少しでお正月が来てしまいますが、このブログにおいて、重ね重ね言わなくても、皆さんは来年の事をしっかりお考えになっていると思います。どういう事があろうと、備えあれば憂い無しという事を、肝に銘じて貰いたい。
誰でもいい年でありますように、と願うのは当たり前ですが、世の中はなかなか思い通りにはいきません。それでも来年も安泰であるように願うのは、やはり人間が一生懸命、来年も頑張ろうという気持ちの表れだと思います。
どうか、御札を皆さんのお身体、または気持ちの安心の為に置いて頂きたいと思っております。
備えあれば憂い無し。
どうかその気持ちをお持ち頂きたいと思っております。

忘れた頃に、災難や災いが参ります。護られている安心感と、備えをしておく心と、ありとあらゆる事を踏まえて、新しき年をお迎え頂きたいと思っております。
私も皆さんの御力になれるように、一生懸命祈っていきます。
皆さんのお顔を、私が直接一人一人見る事は、なかなか不可能ですが、この思いを、また皆様の思いを私にお伝え下さるならば、私は懸命に祈りを捧げていきたいと思っております。
良い年にしましょう、明るい年にしましょう、仲良しの年にしましょう、愛に溢れた年にしましょう。
人間は毎日が大事です。そして毎日を安全に生きていく事が大事です。その皆様に私は、光多き祈りを捧げていきたいと思っております。
どうか私の祈りを、あなたの側に置いて頂きたいと思っております。
年頭祈願は大事な事です。お布施の問題に関しては、祈りですから、行の浄財ですから、その辺りをご理解頂きたい。
お布施で自分の災いを決めないでください。
限定とさせて頂いておりますので、もうあまり数もございませんが、どうか事務局の方へご連絡頂きたいと思っています。

素晴らしい年でありますように心よりお祈りさせて頂きます。

羅門

念じることの大切さ

ブログネタ
幸せになる方法 に参加中!
今、若い人が、いや若い人だけでなく色々な人が、信仰というものから離れてしまいました。神も仏も何も感じない人が増えました。それは結局、そういうご時勢だと言えばそれっきりですが、私は非常に無明なことだと思います。「無明」というのは仏教の中に出てくる言葉ですが、「明るさが無い」ということです。愚かさや迷いのために物事の真実を理解できないという意味です。大晦日の除夜の鐘では、煩悩の数は百八個なんて言われていますが、細かく分類すれば、煩悩の数はもっともっと数え切れないほどたくさんあります。その数多い煩悩の中でも根本的な煩悩の一つが「無明」です。

今日はブログに大変嬉しいコメントを頂きまして、そのコメントの中に出てくる「念」ということについてお話をしようと思います。

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